圧倒的な力の差を前に捩じ伏せられてしまえば抵抗など出来やしない。相手が男であったら尚更のこと。にやにやと厭らしい笑みを貼り付けて近付いてくる男たちに、私とさつきには成す術など最初からないのだ。 「この子たちってあれだろ?バスケ部マネの可愛いって有名な二人」 「確か桃井さつきと名字名前、だっけ?青峰大輝と黄瀬涼太の幼馴染みの」 「近くで見んの初めてだけどかなりタイプだわ」 私たちはお互いの身体を抱き締め、なるべく男たちから離れようと一歩ずつ後ずさるも、彼らの詰め寄る速度の方が速くてあっという間に囲まれてしまった。コイツは、灰崎くんは私が一人、もしくはさつきと二人きりになるのをずっと狙っていたに違いない。端から抵抗なんてさせる気も無かったというわけだ。しかも私だけじゃなくさつきまで巻き込むつもりらしい。先程から彼女にもいくつもの視線が注がれている。私といたばかりにさつきまで…っ。 「おいおいコイツは俺のだぜ?おめえらは桃井の相手でもしてろ」 「はいはい分かってるって」 男の一人がさつきの腕を掴む。痛みに顔を歪めるさつきの姿が目に映った瞬間、私は男に蹴りを入れていた。出来れば乱暴はしたくなかったけど、止むを得ない。こうでもしなきゃ彼らに勝てる見込みはないのだから。何よりもさつきを守るのが優先である。相変わらずの舐め回すような目付きに鳥肌が立った。 「ってー…。やってくれんじゃん」 「さつきに触んないで」 「名前、」 「さっさと連れてけよ祥吾。俺らは俺らで楽しむからさー」 「うるせえ俺に指図すんじゃねーよ」 灰崎くんは後頭部をぼりぼりと掻き、私の腕を乱暴に掴み私とさつきを引き離した。お互いに伸ばした手は虚しく宙を切っただけ。 さつき、さつき!何度名前を呼んでも徐々に離れていく彼女との距離。ついには姿は見えなくなって、悔しさやら不甲斐なさに唇を噛み締める。至極楽しそうに笑う灰崎くんの笑い声が今の私にはキツいかった。 投げ出されたのは体育倉庫のマットの上だった。衝撃で埃が舞ってむせ返りながらもすぐに立ち上がろうとしたが、灰崎くんに馬乗りされて身動きが取れず、怖いくらいに荒んだ瞳に見下ろされ冷や汗が流れた。 「抵抗しねーってことはなに?もしかして嬉しい?」 「んなわけないでしょ!」 「ま、してもしなくても関係ないけどなァ」 シュル。リボンを解かれ第二ボタンまで開けらたところで頭の中に警報が鳴り響く。鎖骨を撫でられ震え上がる自分の身体に吐き気がした。せめてもの抵抗に絞り出した声は小さく消えそうなものだった。ブレザーとカーディガンを放り投げた衝撃でポケットから携帯が飛び出す。どうやら着信中のようで、『黄瀬涼太』と表示された画面に縋る思いで手を伸ばすも、灰崎に切られ唯一の救いは絶たれてしまった。 「あ…、」 「リョータに邪魔されてたまるか」 「いやっ…!」 「俺はアイツの絶望した表情が見てえんだよ。だから奪ってやるよ。お前を、リョータからな!」 「やめ、て、っ涼太」 助けて…っーーー : : 「出ないっスね…」 学校に着いたのは昼休みが始まって少し経った頃だった。仕事が長引いて現場を出るのが遅くなってしまったが、スケジュールに無理を言ってる分出来る限りのことはやろうと決めているので文句は言わない。送迎の車の中で次の仕事の打ち合わせをし、少しだけ仮眠を摂る。学校に着いて車を降りたと同時に仕事中ずっと心配して止まなかった名前に電話をかけた。電子音が鳴り響き今か今かと待つものの、名前が電話に出る気配は無く、やがてブチッと通話が切れてしまった。誰かと大事な話でもしてたんだろうか。しょうがないから青峰っちにでも電話しよう。 下駄箱で上履きに履き替えながら電話帳から青峰大輝の文字を探していると、すぐ近くに廊下に座り込む桃っちの肩を支え誰かに電話をかる青峰っちがいた。 「おう。じゃあな」 「青峰っち」 「?…黄瀬」 「きー、ちゃん」 「どうしたんスか?」 桃っちの青峰っちのものと思われるブレザーを握る手に力が籠る。よく見ると桃っちの制服は乱れていて目元が僅かだが赤い。表情から察するに何か良くないことでもあったのかもしれない。それになぜ桃っちが、名前がいつも弁当を入れているバッグを持ってるのだろうか。 「さつきが襲われた」 「は?誰に?」 「さあな。ただ」 「?」 「灰崎が動き出した」 「なっ…!」 まさか桃っちまでショウゴくんのターゲットにされるとは思ってもみなかった。助けに入るのが早かったから問題はなかったらしいが、彼女の頬に残る涙の痕はとても痛々しく見ていてツラいものがある。一方で名前の姿が見えないことに不安が募っていく。名前は、名前はどうなった? 「まさかさつきといる所を狙われるとはな」 「名前はどこにいるんスか?」 「……」 「青峰っち…?」 ショウゴくんと関係のある人物に襲われかけた桃っち。 見当たらない名前の姿。 桃っちといる所を、狙われた? 繋がらないまま途中で途切れた電話。 待てよ。これじゃあまるで。 「名前は灰崎に拉致られた」 「!!!」 「おい!黄瀬!」 青峰っちの制止の声も聞かずに駆け出す。素直に言うことを聞いている時間なんて今の俺にはなかった。どうしてこういつも俺の嫌な予感は当たってしまうのだろう。 13'0403 |