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極力一人で行動はしないこと。青峰でも黒子くんでもいいからクラスの友達と一緒にいれない時は彼らと行動を共にすること。登下校はなるべく涼太と帰ること。部活中も体育館から出る仕事は他のマネージャーに頼むこと。これらは全て赤司くんと交わした約束だ。いつ灰崎くんに狙われるか分からないから、一人にだけは絶対になるなと念を押すように言われ、私は大きく頷いたのだった。

それからというもの教室では青峰や黒子くんと一緒にいるようにしている。トイレとか体育はある程度事情を話せる仲のいい友達にお願いすることにして、朝から家に帰るまで私の側には常に誰かがいてくれた。そのお陰もあって今のところ灰崎くんが手を出してくる様子はなく安堵のため息をつくが、一瞬も気が抜けないのが現状であった。


「今日の練習はここまでにしよう」
「あれ?いつもより早いね」
「この後体育館の点検があるらしいから早めに切り上げるよう言われていたんだ」
「そうなんだ」


赤司くんの一言でボールやスコアボードを倉庫にしまう部員たちを尻目に手元のノートに視線を落とす。ノートには一軍選手の癖や苦手分野、その日のシュート率やタイムが事細かに記されていて、見ているだけじゃ分かりづらいような小さな癖も、こうして文字やグラフに表すと少しずつ特徴が見えてくるもので、そこを修正させていくのが私の仕事の一つになっていた。さつきが情報収集に長けているように、これは私にしか出来ないことだと自負している。最近は整体についても勉強しているのでマッサージも進んでやるようにしていた。あ、そう言えば今日の緑間くんなんだか動きが鈍かったような。


「緑間くん、ちょっと」
「何だ」
「ベンチ座ってバッシュと靴下脱いで」
「何をするつもりだ?」
「ん?マッサージ」


そんな怪しい目で見なくても変なことなんてしませんよ。いいから早くと半ば無理矢理ベンチに座らせ差し出された左足にタオルを被せてマッサージを施す。何でマッサージをされているのか分かってなさそうな顔をしているあたり、やっぱり気付いてなかったんだ。痛めている足を知らない内に庇ってもう片方を痛めるのはよくあることだ。しかも彼の場合痛みがなかったからなかなか気付けなかったのだろう。悪化する前に気付けてよかった。


「なるべく重心を傾けないように心掛けてみて。あとお風呂上がりはマッサージ忘れず」
「分かった」
「また痛んできたり違和感あったりしたら教えてね」
「悪いな。助かるのだよ」
「いいえ。じゃあ私はまだ仕事があるからもう行くね」
「ああ」


バッシュを履こうとしている緑間くんに手を振ってモップを取りに行く。まだ数人の選手がモップ掛けをしていたのを引き継いでシャワーを浴びに行かせた。これが終わったらドリンクボトルを洗い、外に干してあるタオルとビブスを取り込んで綺麗に畳んだら終わり。今日に限ってマネージャーが一人休んでいるからいつもより仕事量が多く、全ての仕事が終わる頃にはすっかり日は沈んでいた。






「お待たせ涼太!ごめんね、すっかり遅くなっちゃって…」
「全然いっスよ。お疲れ」
「涼太こそお疲れ様」
「よし。じゃあ帰ろっか」
「うん」


私たちはいつものメンバーに別れを告げて一足先に帰路に就いた。並んで歩く夜道は暗く静かで街灯だけが少しだけ淋しげに立っている。はあ、と吐いた白い息が冷たい空気に消えていった。冬の夜はやはり冷える。両手を擦り合わせると僅かに暖かくなったのでその手をポケットに突っ込んだ。うん、ポケットの中も冷たい。


「名前マフラーは?」
「え?、あ」
「?」
「ロッカールームに忘れちゃった…」


急いでたものだからロッカーの中に入れっぱなしでして出てきてしまったのだろう。道理で寒いわけだ。外気に触れている部分は既に麻痺していて感覚はないけれど、寒いことに変わりないのでコートのボタンを上までキッチリ閉めようとボタンに手を掛ける。かじかんで上手くボタンを閉められないでいるとふと目の前に影が射した。顔を上げれば涼太が自分のマフラーを外し、私の首にそれを巻こうとしているところで、慌てて手を掴んで止めさせる。きょとんとした顔が少し可愛かったのは本人には言わないでおく。


「な、何を?」
「マフラー巻いてあげようかと」
「いい!いいよ!私は大丈夫だし、涼太は風邪引いちゃいけないから、」
「女の子が身体冷やしたら駄目でしょーが。俺はそんなに寒くないから使っていいっスよ」
「でも、っうわ」


一瞬の隙にぐるぐるとマフラーを巻かれてしまい、満足気に笑う涼太に対して不服そうに眉を潜める私。鼻真っ赤にして寒くないはずがないのに、とことん私には甘いんだから。だけどそんな風に甘やかされるのは嫌いじゃない。だから私も涼太を甘やかしてあげたいと思うのだが、涼太はあまりそれを望まないのだ。曰く、「俺は男だから」らしいが。自分からは抱き付いて甘えてくるのに私が甘やかすのはよろしくないのだと言う。意味分からん。
マフラーの無い姿はかなり寒そうだった。鼻を啜ってるし、これでは本当に風邪を引いてしまう。そう思った私は、涼太の手を取った。握った私が逆に驚いてしまう程冷たい手。突然のことにビックリした表情で見下ろす涼太に「お礼!」と言えば、ヒマワリみたいな笑顔で笑ってくれる。その笑顔は暗闇を照らす街灯よりも、夜空に浮かぶどの星よりも綺麗で、そして眩しかった。凍てつく風に互いの髪がふわりと舞う。寄り添うふたつの影はまるで恋人のようで、私の心が暖まるのを感じた。てのひらと首筋の温もりに包まれながら、そっと。


13'0330
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