「落ち着いた?」 「ん」 「よかった。ちょっとこっち向いて。…少し目腫れちゃったっスね」 バスケ部専用のロッカールームのベンチに座り、濡れたハンカチを目元に当てる。ひんやりとして気持ちいい。おそらく今日中に腫れは引かないだろう。言い訳、どうしようかなぁ…。というか多分言い訳なんてさせてもらえない気がする。 「一応、みんなには話すから 」 「…うん」 やっぱりか。余計な心配させたくないのに、優しいみんなのことだから、何とかしようとしてくれるに決まってる。てか私って問題ばかり起こしてるよね…。この前だって、相談しなかったばっかりにあんなことになったし。…うん、やっぱり相談しよう。 「強制退部させられたこと根に持ってるんスかね」 「そういうのじゃないって言ってたから、多分違うと思うけど…」 「じゃあ何で名前が」 「…理由は分からないけど、私、前から灰崎くんに気に入られてたの。それでさっき、お前が欲しいって」 「そ、それ告白じゃないっスか…」 あんな直接的に気持ちを告げられたけど、灰崎くんから純粋な恋心が伝わって来たわけじゃない。とても私には理解出来ない黒く重いもの。たとえば気に入られてるのは本当だとして、欲しいと言った彼の言葉の意味は、ただ涼太から私を奪いたいだけのようにも聞こえた。 「まさか名前、オッケーなんてしてないっスよね??!」 「するわけないじゃん…」 「よ、よかった…」 オッケーするわけないよ。私が好きなのは涼太だもん。灰崎くんと付き合うなんて考えたくもない。 「明日のお昼にでも作戦会議しようね」 「いいのに、そんな」 「だーめ。名前に何かあってからじゃ遅いんだから」 「…ありがとう」 じっと首筋を見つめる涼太の手が、赤黒く浮かび上がった痕に触れる。さっきみたく嫌じゃないのは、きっとこの手が涼太の手だから。私がよく知っている、優しくて大きな手。 それにしても何だか涼太が不機嫌そうに見える。長年一緒にいれば分かるがこれは拗ねてる時の顔だ。少し膨れてる頬を突つく。 「つーかさ…、何キスマーク付けられてんの」 「不可抗力、です…」 「大体名前は警戒心が無さすぎ!ほいほいついてったらダメじゃないスか!」 なんで私が叱られてるのだろう。どう考えても私に非はないのに。どうして涼太が怒るの。理不尽だ。涙出そう。 「っ、引っ張られたの!これだって、むっ、無理矢理されて、っ…り、涼太の、っバカ!!」 「え?泣、えっ?!」 「凄く怖かったのに…、私だって、こんなっ……」 「あー!ごめん、ごめんね名前。違う、違うんスよ。あ〜泣かないで、ね?ね?」 小さな子供をあやすように抱き締められた。自分が泣かせたくせに。もうイヤ。わけわからん。 「許せなかったんスよ、ショーゴくんが」 「どうして?」 「そりゃあ名前を泣かせたから。あと、キスマークつけたから」 「なら私怒んなくてももいいじゃん…」 「う、それは、ごめんなさい…」 「いいよ、許す」 別に怒ってなんかいないのに私が怒ってると勘違いしたらしい。頭なでなでしてあげる、と言って黄色い頭をゆっくり撫でた。さらさらの髪か指の隙間をすり抜けていった。 「…ね、消毒、してい?」 「消毒?」 「そ。こうやって」 「!!」 またあの背中を何かが這う感覚。涼太の舌が鬱血痕の上を舐めたのだ。そして、被せるように首筋を吸われた。それだけで変な気持ちになった私はもしかしたら変態なのかもと思った。 でも何故か涼太は嫌じゃなかった。灰崎くんはあんなに嫌だったのに。好きな人とそうじゃない人とでここまで差があるとは…。 ってそうじゃなくて!! 「りょうた…っ」 「消毒っス」 まさに清々しい程の笑顔である。私はと言うと湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にしていることだろう。 それから家までどうやって帰ったか、あまり覚えてない。 13'0321 |