18

去った筈の涼太がどうしてここにいるのか。聞かなくてもなんとなく予想はつく。こんな偶然があるとしたら、涼太が教室を出てすぐやって来た赤司くんが私たちのやり取りを見ていたもしくは死角から聞いていて、出てきた涼太を捕まえ自分がいた場所に立たせ私の話を聞かせていたと考えられる。まさかと思い赤司くんを見ると、どうやら私の考えは間違いではなかったらしく、清々しいほどの笑顔を向けられ「あとは自分で何とかしろ」と、困惑する私と気まずそうに視線を床に落とす涼太を残し教室を後にした。


「………」
「………」


お互い何を話せばいいのか分からずしばらく無言の状態が続いた。早く謝ってしまえばいいのにいざ本人を目の前にすると伝えたかった言葉が思うように出てこない。これでは本当に喧嘩したまま友達としてすらいられない。意を決して謝罪を口にしようとした瞬間。涼太に腕を掴まれカーディガンごとワイシャツを捲られた。痛々しいほどの痣が晒され思わず腕を引っ込めたが、それは涼太の腕によって遮られた。労るように触れる彼の手は壊れ物を扱うように優しく、そこを中心じんわりと暖かさが全体に広がってゆく。先ほどは怖くて窺い知ることはできなかった表情を、今度こそしっかり見ようと涼太を見上げてみたが、それより先に掴まれていた腕を引かれ私よりも大きな体に全身を包まれた。そこでようやく涼太の体が小刻みに震えていることに気付く。


「りょ、」
「いつから…」
「え?」
「いつからひとりで耐えてたの」
「2年になって、すぐくらい…」
「………そっか」


消えてしまいそうなくらい小さな声。私を抱く腕は力強いのに対し弱々しいそれに、胸が締め付けられた感覚に陥る。行き場を無くし宙を泳いでいた手を彼の広い背中に回すと、ぎゅうっと胸に顔を押し付けられた。苦しかったけどそれ今はそんなことどうでもよかった。


「言ってほしかった」
「………涼太が、自分を責めること分かってたから、だから言わなかった」
「当たり前じゃん。名前が傷付いたら、俺は何度だって自分を責める」
「私が涼太のファンにこんなことされてるなんて、涼太は知らなくていいって思ったの」
「っそんなわけないだろ…!」


間近で聞こえる涼太の呼吸に嗚咽が混じる。泣いてる、の?私のために、どうして涼太が泣くの?傷付けたのは私なのに、どうして。


「突き放して、たとえそれでお互いが傷付いても、いつか私を忘れて涼太が笑ってくれれば、それだけで良かった…」


ツーっと、涙が音も立てずに頬を伝う。
悲しくて?違う。苦しくて?それも違う。…そうだ、私は嬉しいんだ。涼太が私のために泣いてくれたことが堪らなく嬉しかったんだ。嬉しくて涙が出ることってあるんだ。彼の想いが痛いくらいに私の胸の奥に染み込んでいく。涼太のワイシャツが濡れてしまうけど今は気にしてられなかった。背中に回していた腕を彼の首に回し背伸びし抱き着いて頬を擦り寄せれば涼太の手が私の腰を抱いた。


「ごめんなさい、っごめんなさい…」
「名前。名前が傷付いて悲しむ人がいるってことを覚えててほしい」
「っ、涼太…ごめ、っ」
「忘れるなんて出来るかよ…!俺にとって一番大事なのはバスケでもモデルでもない。名前なんだよ」
「うんっ…、うん…ッ!」
「気付けなくてごめん」


涼太は私に何度も謝った。泣かせてごめん、傷付けてごめん、と。涼太が謝らなきゃいけないことなんて何もないのに、全部私が悪いのに彼は自分を責めていた。相変わらず震える体。気付けば私も震えてて。お互い失っていたかもしれない唯一の存在に、知らぬうちに恐怖を感じていたのかもしれない。どちらともなく体を離し、それでもなんだか離れがたくて手を繋いだ。 放さないように、離れないように。


「一人で悩まないで俺を頼って」
「…ありがとう」
「ほら、もう泣かないで。俺は名前が笑ってるのが一番好きだよ」
「うん……!」


もう二度とこの手を放したりしないと心に決めた。あんな喪失感はもう嫌だから。


12'1201
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