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開いた窓から入ってきた風が涼太と私の髪の毛を揺らす。お互い無言のまま抱き合っていたがどちらともなくゆっくりと体を離した。名残惜しさを感じつつ「帰ろっか」と荷物を持って立ち上がると、涼太は自然な手付きで私のカバンを奪うと空になった手を大きなそれで包みこみ、歩幅を合わせるように隣を歩き始めた。手を繋いで帰るのは小学校低学年以来で恥ずかしいが、くすぐったくもどこか懐かしさを感じて彼の手を握り返すと、最初は驚いていたがすぐに頬をピンク色に染めてえへへと笑った。やっぱり涼太は笑顔が一番似合う。幼少の頃から涼太の笑顔には何度も救われてきたのだ。笑顔だけじゃなく、今だって、不安を紛らわすために繋いだてのひらから伝わってくる彼の体温がとても心地好く、同時に私を安心させる。こうして与えてくれる多くのものを、私も涼太に与えてあげられてたらいいなって思う。


「昔もよくこうやって手繋いで帰ったね」
「そっスね」
「幼稚園の頃なんて手放すと涼太泣き出しちゃうから大変だったなぁ」
「……それを言うなら名前だって『りょうちゃん、りょうちゃん』って泣いて俺の後追っかけてたじゃないスか」
「あっ、あれは!」
「あの頃の名前は素直で可愛かったな〜。ま、今も可愛いっスけどね!」
「はいはい」
「誉めてるのに…」
「だって色んな女の子に言ってる台詞言われたって、ねぇ?」


学校での涼太の人気は留まることを知らず、同級生はもちろん先輩や後輩にまでもキャーキャー騒がれている。休み時間になると彼の周りにはミーハーな女の子たちが群がり争奪戦が繰り広げられるのも最早名物と化されていて、その渦中の人物である涼太は、少し鬱陶しそうにしながらも決してファンの子たちを邪険したりなどはしない。それは過去に私が「ファンは大切にしないとダメ」と言い聞かせたのもあるが、元の優しい性格がなかなか強く言えないでいるのだろう。それどころか猫撫で声で擦り寄ってくる女の子に可愛いだの好きだの甘い台詞を吐いているようで、さすがの私も彼女たちと同じ台詞を言われては彼を前にして素直に喜べないのだ。


「私には通用しないんだから」
「…あの子たちのはお世辞っス」
「え」
「でも名前はほんと」
「ありがとう。涼太はかっこよくて優しいね」
「……っとに反則だから、今の」


口許をてのひらで覆って顔を反対側に背けるが、耳までは隠しきれず真っ赤になっているのはバレバレだった。かっこいい、なんて言われなれてるのに私の一言に顔を赤くしてるのがなんだか可笑しくてくすくす笑えば、涼太に額を小突かれ、また二人で笑った。

いつもよりゆっくり歩いても三十分もしないうちに家に着いた。涼太の家は一軒挟んだ隣にあるから、もちろんだがここでお別れ。立ち止まった涼太につられ私も足を止めて彼を見上げると、私のことをじっと見つめる瞳と目が合った。涼太は何か言いたそうに口を開くも、言葉にはならず喉の奥に呑み込まれ、わざとらしく微笑んだ次に発せられたのは多分本来言いたかったこととは別のもの。追求しないのは、聞いてしまえば私の決意が揺らいでしまうような気がしたから。
好きな人と一緒にいたいと思うのは許されないことなのだろうか。幼馴染みでもいいから近くにいたいと、遠い昔の願いさえ叶えてくれないなんて神様はいじわるだ。誰にも邪魔されずにずっと一緒にいれたらいいのに。でも、私が隣にいることで笑顔を奪ってしまうなら、涼太が笑って過ごせるように、私は離れるべきだ。誰も傷付けたくないなんて綺麗事かもしれないけど、傍にはいられない。悲しい顔はもう見たくないの。
自分を守るためにこの手を放すことを、どうか赦さないで。
ズキリと軋むように痛んだのは、痣なのか、それとも。

12'1114
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