僕は太陽が降り始めた頃眠りから覚めた。腕の中にはすやすやと眠る名前。今日は土曜日だからアラームは鳴らず、自然な目覚めで気分がよい。左のてのひらに頭を乗せて肘を立てて名前の寝顔を覗き込む。気持ち良さそうに寝ている。頬をつついても、赤くならない程度に軽くつねっても、眉をしかめただけで起きる気配はない。もうすぐで14時になる。今日は僕たちが通っていた大学に、平助に会いに行く予定だ。けど、未だに起きない名前を見て、起きなくていいのかな、って思った。ここんとこ仕事がずっと忙しそうだった名前が、せっかく眠れているんだ、邪魔なんてしたくないな。名前の艶のある黒髪を撫でると同じシャンプーの香りがした。


「…んー…?」

「あ、おはよう」

「いまなんじ?」


ゆっくり目が開いて、寝起きの掠れた声で携帯を探す。その動作もとてもゆっくりで、何度か枕元を動いていた手はやがて動かなくなった。静かな寝息にまた寝ちゃったんだ、と笑ってしまった。


「もうすぐ14時だよ」

「ん…にじ…」

「うん、14時」

「…にじ、…14時?!」


慌てて飛び起きた名前は、時計を見ると洗面所へ駆けていった。女の子は支度に時間がかかるから大変だなといつも思う。それに比べて僕は着替えて顔を洗ったり歯を磨いたり、寝癖があればそれを直すくらい。数分で洗面所から戻ってきた名前と入れ違いで今度は僕が洗面所に立った。

15時には家を出発した。名前の家から大学は一時間くらいで着くから、なんとか間に合いそうだった。名前は大きく息を吐くと電車の端の席に座った。
久しぶりの大学はどこも変わってなかった。ちらほらと制服を来た高校生が保護者、または友達同士で歩いてると高校時代を思い出す。勉強なんてしたくなかったけど、進学を薦める教師に嫌気がさして半ば適当に決めた進路。適当に勉強して気まぐれにに受験。合格してなんとなく入学。そして、名前に出会った。初めて一生一緒にいたいと思えるただひとりの女の子。


「今どこ?は!?…あ、そう。コンビニの前。え遠い……あーもう分かった行くから!はいはいじゃあね」

「平助なんだって?」

「休憩中だから私らが来いだって」

「平助のくせに生意気言っちゃって」

「ね。平助のくせに」


携帯をポケットにしまった名前の隣を歩く。学生時代はこの道なんてよく一緒に通ったな、と懐かしくなった。過去の思い出ばかり鮮明なのは、きっと、僕に未来がないからなのか、それとも、とても大事だからなのかは分からない。



――



「おせぇ」

「ご、ごめん」

「怒らないでよ平助」

「行くっつってもう何分経ったと思ってんだよ!!」

「…45分です」

「何してたんだよ」

「お世話になった先生方に会ったから少し世間話をね」

「ったく、」


先生に捕まって時間を食ってしまったため、平助の下にやって来るのに大分時間がかかってしまい、平助はご立腹だった。そんなんだから背が伸びないんだよ、と言ったら、関係ないし!ってまた怒鳴られた。


「まあ、アレだ、久しぶりだな、総司」

「うん。平助も変わらないね」

「頭の先を見ながら言うな、頭の先を!」

「あれ平助小さくなった?」

「なってねーよ!名前よりはデカイ!」

「私一応先輩なんだけど」

「先輩に見えないって」

「それはマズイ」


と言いつつ平助を睨む名前。平助もあからさまに視線をあさっての方向に向けたあたり、あながち間違いではないらしい。

そのあと、上がらせてもらえた平助と三人で駅の近くにあるファミレスに入った。お気に入りだったメニューを頼んで、主に平助の就活の話を聞いた。平助は何になったの?と聞けば、んー…秘密だ!って言って教えてもらえなかった。隠されると余計気になる。
20時。明日朝から出掛ける平助に合わせてそろそろ解散することになった。トイレに行っている名前を外で待ちながら、僕たちは最後の挨拶を交わす。


「みんなに会ったんだってな」

「うん。相変わらずで、安心したよ」

「少しは変化もあって欲しいけどな〜」


ケラケラ笑う平助の笑顔に、つられて僕も笑顔になった。平助の笑顔は、いつも眩しい。本当に、みんな変わらない。それは嬉しいことだ。名前の回りには今も変わらずに素晴らしい仲間がいるんだ。もう、思い残すことはひとつもない。


「平助、僕がいなくても、名前がいつまでも笑えるように、平助たちで支えてあげて欲しい」

「…総司」

「名前と僕には、こんなにいい仲間が出来たんだ。僕はここに来る前、ずっと暗闇の中にいた。なかなか光の下に行けなかった。名前が心配だったんだ。でも、これで僕は安心して眠れる。平助。僕はもう一度みんなに会えたこと、心から感謝してるよ。本当にありがとう」


僕の話を平助はずっと黙って聞いていた。平助に差し出した手を握って最後の握手。平助は涙目になりながらも笑ってくれた。


「またな、総司」


ふっと離れた平助は、僕に背中を向けて、一度も振り返ることなく雑踏の中に消えた。



笑顔が眩しい平助

眉間に皺を寄せる土方さん

優しい目をした左之さん

豪快に笑う新八さん

心の綺麗な千鶴ちゃん



彼らの姿を、僕は永遠に忘れないだろう。



瞼のうらに焼き付けた

(もう時間だよ。誰かが僕に、そう言った)


110408
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