「あ。名前ちゃん明日有給とってたんだね」 社員の欠勤予定のカレンダーが貼ってあるホワイトボードの前。千鶴は金曜日を指さしながら言った。 「うん。明日と、来週の月曜日に」 「何かあるの?」 「本当は実家に帰る予定だったんだけど」 「本当は、って?」 「総司と何処か行こうかなって思ってさ」 そう言った名前の表情は酷く悲しそうで、でもどこか嬉しそうで。千鶴はそんな彼女を黙って見つめていた。不意に名前が千鶴に視線を向ける。 「千鶴。今日うち来ない?」 「名前ちゃんの家?」 「うん。総司に会ってあげて欲しいんだ」 聞くところによると、どうやら今日は名前の家に大学時代に仲の良かった先輩たちが集まるらしい。それに千鶴も参加してほしいとのことだった。千鶴は快く頷いた。 ―― 仕事をさっさと終わらせて私は帰路についた。今日は、大学で特に仲の良かった先輩と千鶴を家に招待しているのだ。久しぶりに飲もうというのは表面上、総司にみんなを会わせてあげたい。逆にみんなに総司を会わせてあげたくて急遽メールで募った所、みんな偶然にも今日の夜は予定がないとのこと。急いで準備をしないと間に合わないので買い物もさっさと終わらせた。 「なにこの荷物」 「総司も手伝って」 「え?」 スーパーの袋に大量に入った食材を見て目を丸くした総司。私は着替えもせずに料理に取りかかった。私の斜め後ろに立つ総司は不思議そうにしている。 「総司はこれ切って」 「え、あ、うん」 総司は私の迫力に多少驚きながら袖を捲って食材を切り出した。 「何かあるの?」 「今日はお客さんがいっぱい来るからおもてなししないといけないの」 「へえ。なら僕はいない方がいい?」 「ううん。全然いてくれて構わないよ。むしろいて!」 「わかった」 二人で作ったから料理はすぐに完成した。その料理の量に総司は、いったい何人来るの、と言った。私はそれに、わかんない、と答えた。その時玄関から騒がしい声が聞こえて、声の主が誰なのか理解した総司が私の顔を見て驚きのあまり声を失った。にこりと笑って玄関に向かった。 「おう名前ちゃん、お邪魔するぜ!」 「おいおい。家主が許可出す前に上がってどーすんだよ…。久しぶりだな、名前」 「お久しぶりです。永倉さん、原田さん 騒がしい声はやはり永倉さんのもので、大量のお酒を持ったままずかずかと家に上がった。その後ろから同じくお酒を持った原田さんが、苦笑を洩らしながら「んじゃ、俺もあがらせてもらうぜ」と靴を脱いだ。 「総司は奥にいますから」 「おう」 永倉さんはお酒をキッチンに置くと、ダイニングに歩いていった。よう総司、元気そうだな、と彼にしては落ち着いた声色だった。お久しぶりです。お陰さまで、と答えた総司。私は原田さんとふたりの下へ向かう。原田さんを視界に入れた総司は目を見開いて、次の瞬間には、左之さんも元気そうで。と優しい笑みを浮かべた。 「本当に総司か?」 「酷いなぁ、もちろん僕ですよ。正真正銘の沖田総司です」 「なんか不思議なもんだよな。こうやってまたお前に会えるなんて」 「僕もまだ夢みたいです」 「まあ、三人とも立ち話はなんですから座ってください!」 席まで案内する間も話に花を咲かせる男たち。私はコップを取りにキッチンに行くと、インターホンが鳴った。きっと千鶴だ。私は玄関ののぞき穴を覗いてドアノブを回した。 「いやっしゃい千鶴。土方さんも」 「下で会ったの」 「おう、邪魔するぜ」 「どうぞどうぞ。もううるさいのは二人来てますが、好きな場所に座っててください」 千鶴と、大学時代の先輩、土方さん。あとは、今日は用事があって来れなかった一つ下の平助がいつも一緒にいたメンバーだ。二人の少し遅れた登場に永倉さんはブーイングを飛ばす。腹が減ったから早く食おうぜ!と食欲旺盛なのは今も昔も変わらないなと小さく笑みが漏れた。 私と総司が作ったご飯をみんなで食べながら、お酒を飲んで、大学時代の懐かしい話や、いま現在の心境報告など話題がつきることはなかった。総司の土方さんに対する憎まれ口も健在で、土方さんはお前も変わらねえなと呆れていた。千鶴はお酒が飲めないのでウーロン茶を飲んで、既に出来上がった永倉さんの相手をさせられている。原田さんも酔うとお馴染のお腹の傷跡自慢が始まった。みんな、変わらない。とても久しぶりにこんなに笑ったんじゃないかというくらい笑い、涙が出てしまうほど。みんなが持ってきたお酒は見る見るうちになくなった。日付が変わった頃に、明日も仕事がある千鶴と、千鶴を途中まで送るついでにそのまま帰ると言った土方さんが、家を出る間際に総司に、じゃあな、と別れを告げる。総司は、感謝の気持ちを込めて頭を下げたあと、お元気で、と言って笑った。 「今日は来てくれてありがとうございました。千鶴ちゃんも、元気でね」 「うん。沖田くんも、元気で」 そう言って、二人は私の家をあとにした。 「あーあ、この人たち飲むだけ飲んで寝ちゃったよ。面倒な人たちだな」 「いいよ。寝かせとこう。きっと総司に会えて嬉しかったんだよ」 「そうかな?ただお酒飲みたかっただけでしょ」 「またそんなこと言って。総司だって嬉しかったくせに」 「ははっ、まあね」 よし片付けよう。転がった空き缶を拾ってゴミ袋に詰める。よくもまあこんな飲んだな、と関心してしまうぐらいの空き缶がそこらじゅうにあって、時間がかかるなーなんて他人事のように思った。総司も原田さんたちに付き合わされて結構飲んでいたからきっと寝たいはずだと思った私は、先に寝てていーよと言おうと振り返って、やめた。いや、やめた、んじゃなくて、言葉が詰まった。だって、 「そう、じ、手が、」 彼がただ黙って見つめる自分の両手が、透けていたから。彼と視線が合わさる。その目は全てを悟ったような、受け入れているような目で、それから、悲しく笑った。 「僕には、もう時間がないんだ」 何かが崩れる音がした (わたしたちは、しあわせをのぞむことさえゆるされない) 110406 |