名前が仕事に行っている間に僕がすることと言えば、洗濯とお皿洗いに名前の布団を干してあげること。あとは気まぐれに部屋の掃除。そうでもなければ名前の集めた小説を読みあさるぐらい。1日の半分は本を読んでると思う。それでもまだまだ暇を潰せるくらいの量の本が名前の部屋にはある。今日もまた一冊の本を手に取った。でも読んでも内容は頭に入らなくて僕の思考は別の場所にあった。 「……」 思い出すのは、僕が名前の家の前に居た“あの日”。 明るいのか暗いのかも分からず、どっちが天でどっちが地なのかもわからない空間に僕はいた。だけどその空間に僕を呼ぶ懐かしい声が聞こえた。その声は震えていて彼女が泣いている、僕はそう思った。次の瞬間僕はそこにいた。僕が死ぬ前と変わらない、名前の家。何で僕はここにいるんだろう。今何年何月何日で、何時で、名前は今どこにいて、何をしてるんだろう。会いたい。触れたい。抱き締めたい。泣いているなら涙を拭ってあげたい。それが僕の使命の気がしてチャイムを押そうと指が動く。でも押せない。名前を困らせるかもしれないし、死んだはずの僕を怖がるかもしれない。 …僕は、どうすればいい? 行き場を無くした手が力を失いぶらりと垂れた。そんな僕の背中に愛しい声がかかる。 「あの、何か用ですか?」 振り向いた先には予想通り久しぶりに見た君の姿だった。 「そ、うじ」 「君が、…名前が、泣いてる気がしたんだ」 僕はそう言って名前の頬に触れる。体温のない冷たい掌が触れた頬から熱を感じて温まるような感覚。顔をくしゃくしゃにして今にも泣き出しそうな名前を抱き締めた。そして僕は言葉を紡ぐ。 「会いたかったよ名前」 名前は以前と比べて料理が上手くなっていた。正直驚いている。社会人になってから時間のある時は料理をするように心掛けていたらしい。学生の時はよく僕が指摘してあげてたなぁ。思わず笑みが零れる。あとは随分と綺麗になったね。きっと名前に好意を抱く人は多い。今は彼氏もいないようだけど。…少し安心してる自分がいる。彼女を縛り付けるつもりは毛頭ないけれど、僕が存在していられる限りは僕だけを見ていて欲しい。エゴだと分かっているけれど、君の温もりを、声を、全てを僕のものにしたいんだ。なんて、本人には言えないけど。 今日は水曜日。僕が来て3日目。あとどれだけ、何日傍にいられるだろう。 「離れたく、ないなぁ」 ずっと一緒にいたい、この願いは一生叶わない。 僕は、透ける手を強く握り締めた。 空気に溶けた僕の願い (ここに僕がいられる間ぐらいは、幸せを望んでもいいよね?) 110401 |