部屋に備え付けのテレビを見ていたら、とある番組に海が映った。それが映った途端に名前の視線は画面に釘付け。海に興味津々なのは見るだけで分かる。それもそうだろう。名前は海に、というよりはプールにすら行ったことがないから。


「…いつか言ってみたかったな、海」


ボソッと呟いた言葉は聴き逃してしまいそうなほど小さくて。俺は敢えて聴こえなかったふりをする。何て声を掛ければいいのか分からなかった。

小さい頃から一体どれだけのことを我慢してきたのだろう。子供は好奇心が旺盛だから行きたい所やしてみたいことは沢山あったはずだ。それなのにやむを得ず我慢を強いられて育った名前には、我慢をすることが普通だった。それが生きるために必要なことだと理解出来ていたから。

だが我慢と同時に“諦め”も覚えてしまった。いつしか、行きたいけど我慢する、ではなく、行けないから諦めるへと変化していった。


俺はテレビの電源を消した。


「名前。少し寝たらどうだ?ずっと起きているから疲れただろう」
「ん、少し寝るね」
「帰る時はメモを残しておく」
「うん。おやすみ、一」
「ゆっくり休め」


すぐ聞こえた寝息に俺はメモを残して病室を出た。もう今日は目を覚まさないだろうから。

名前の寝ている時間の方が多くなっていることを、俺は知らないふりをするので精一杯だ。



どうして

君が選ばれてしまったんだ。


110911
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