ゆらり、ゆらり。鮮やかな蝶が優雅に舞う。世界が終わるかもしれないという状況においても、こうした穏やかな時間は流れているようだ。蝶はファーストネームが伸ばした指先にゆっくりと停まってその羽を休める。腕はそのままに、ファーストネームは小さく笑った。


「ファーストネーム」


心地よいテノールに名前を呼ばれて振り返る。そこにはかつての友との約束を果たす為に同じ路を歩んできた男の姿があった。男は白銀の長い髪を揺らしファーストネームの隣に並ぶと何をしていたのか彼女に尋ねた。


「見て、デューク。蝶が指先に停まったのよ。ほら」
「……停まっていた蝶とはアレのことか」
「?、あ…」


デュークは上へあげた腕よりも更に上の宙を見ていた。その先には先ほどの蝶がゆらゆらと緩慢な動作で飛んでいる。多分、振り返った時には指先を離れていたのだろう。行き場を無くした腕を名残惜しそうに下ろしたファーストネームは、静かに眼を閉じる。


「――怖いか」


何が、なんて聞かなくても分かった。明日、星喰みを倒すため自分を含めたすべての人間は死んでしまうのだ。


「…怖くなんてないわ。だって、デュークがいるもの」


人間の命で星喰みを倒す。それはデュークと二人で決めたこと。私たちは私たちのやり方で世界を救おう。誰にも理解してもらえずとも、その意志は強い。友の、エルシフルとの約束が、ファーストネームたちに生きる理由を与えてくれる。それだけじゃない。約束される平和、生きとし生ける者の安寧。あるがままに生きてゆける、争いのない美しい世界。なんと素晴らしい未来だろうか。そんな未来を創りたいとずっと思っていた。


「なら何故そんな顔をする」
「……?」
「辛い、苦しい、悲しい、淋しい、それとも」
「わたし、は」
「迷い、か」
「……」


迷いと言われてしまえば、そうなのかもしれない。決意をしたからこそ今になってその決意が揺らいでしまう。


「ファーストネーム」
「…デュークは、明日死ぬと分かっていて何を考えて、何を想像する?」
「……」
「私は、あなたと旅を続ける未来。ゆっくり世界を巡って、そこで穏やかに生きるの」


生きる、という言葉にデュークは眼を伏せた。
ファーストネームは望んだのだ。何よりも、誰よりも、デュークと共に生きていたい、と。その未来を思い描いて死にたくないと感じてしまった。叶わないと分かっていてもこうして願わずにはいられない。


「そうか。そんな未来も悪くない」
「ふふ、でしょ?」


そっとデュークの手がファーストネームの頬に触れて赤い瞳と視線が交わる。そのまま引き寄せられて彼の腕の中に納まると、全身がデュークの匂いに包まれてそれに酷く泣きそうになってしまった。

デュークは何も言わずただファーストネームを抱き締める腕に力を込めるだけ。ファーストネームもその背に腕を回して彼の胸に顔を押し宛てる。消えてしまいそうなデュークの呟きには気付かないふりをして、再び閉じたファーストネームの眼からは、一粒の涙が零れて彼の服に染みを作った。



今ふたりは確かに同じ色の明日を見ていた


あなたが「あいしてる」なんて言うから、生きる未来を望んでしまった。


12'0408
TOV初がデュークさんでしかも無糖。切なさを出したつもりが撃沈しました
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