ずっとずっと想いを寄せていた人から好きだと言われた。嬉しくて思わず泣き出す私を慌てた様子でなだめる彼。彼は女性にはとても紳士的で、君には笑顔が一番似合うよ、なんて臭いセリフを恥ずかし気もなく言えちゃうような、そんな人。音機関が大好きで彼女の私をそっちのけで夢中になったりもする。でも私はそれを引っくるめ彼のことが大好きなの。

でもそんな私たち(主に彼)にはひとつの大きな問題があった。





「これで全部かい?」
「うん、ありがとう。わざわざごめんね」
「いや、むしろ来てよかったよ。この量を君ひとりに持たせる訳にはいかないからな」


荷物の半分以上を持ちながら、予約を取った宿へと向かう。
ガイは優しい。本人にとって当たり前のことでも、こんなイケメンに、 それはそれは丁重に扱われたりなんてしたら惚れない女性はいないだろう、と思う。かく言う私もその中の一人なんだけど。
恋人同士になっても未だに隣を歩くのは緊張する。


「重くないかい?」
「平気。これくらい重くても持たないと」
「はは、逞しいな」
「あれ…ガイ怪我してる」


ガイの左腕に細長い切り傷があった。まだ新しく多少だが血が流れている。きっとこの街に着く前に作ったのかも。慌てる私を余所に、ガイは差ほど気にすることなく笑った。


「ああ、多分さっきの戦いで怪我したんだ。大丈夫、すぐ直るよ」
「でも血が出てる!せめて止血しないと、」


血を拭おうと咄嗟に手を伸ばした。
この時の私は彼の傷を見て動揺して忘れていたのかもしれない。


「ヒィッ!!」


伸ばした手はガイに届く前に、彼の小さな悲鳴により遮られた。私はそこでようやく自分の失態に気付き、伸ばした手を後ろに隠した。これが私たちの問題。彼は、ガイは、極度の女性恐怖症なのだ。
だからキスどころか手すら繋いだこともない。


「ご、めん」
「いや、」
「ごめ、なさ…」
「いいんだ。謝らないでくれ。俺こそ、すまない…」


首を横に振る。知っていたのに彼に拒絶されたことがショックで顔を上げることが出来ない。女性恐怖症と言っても心の奥底では、私なら大丈夫と思ってた。違う。大丈夫だと信じていたかっただけなのかもしれない。
二人の間に気まずい空気が漂う。行こうか、と言われるまで足が動かなかった。歩き出しても私は彼の少し後ろを歩いて帰った。










夕方の件があったからか、食事はあまり喉を通らなかった。みんなに心配されたけど、食欲がないと理由を付けて先に食堂を抜け出しロビーにやって来た。想像以上に好きな人から拒絶されるのは堪える。仕方がないと自分に言い聞かせても悲しくて辛くて涙で視界が滲む。


「ファーストネーム」


静かなロビーにガイの声はよく響いた。私は慌てて涙を拭いガイを振り返る。


「こんな所にいると風邪引くぞ」
「平気。どうしたの?」
「あ、…いやぁ…その、君が夕飯を残していたから気になったんだ」
「…食欲がないの」


自分でも驚くほど抑揚のない声だと思った。ガイも驚いている。それからすぐに悲しそうな顔になった。なんでガイがそんなかおするの。


「君の食欲がないのは俺が原因なんだろう。分かってる。それほどの事を俺はしてしまったんだから」

「好きなのに、触れられるのが恐い。だけど傷付けるのも、嫌なんだ」

「君の傷付いた顔を見ても抱き締めてやることも出来ない。泣いていても涙を拭ってやることも出来ない」

「…情けないよな」


彼は傷付いていた。私を傷付けたのは紛れもない自分だという事実に、確かに深い傷を負っていた。辛いのは、私だけじゃなかった。彼もずっとずっと悩み苦しんでいたのだ。


「情けなくなんかない」
「ファーストネーム…」
「ガイはいつも私に優しくしてくれる。守ってくれる。確かにさっきはショックだったけど、それでも貴方が大好きなの」


外見だけで好きになったんじゃない。好きだと言われて、彼が女性恐怖症と知った上で付き合った。これは一人ずつじゃなく二人で乗り越える壁なんだ。二人でじゃないと無理なんだ。
ガイは薄く微笑み、私の左手を自然な手つきで拾い上げる。突然の事に驚いたが、そのては僅かに震えていた。


「無理しないで」
「少しずつ、慣れていきたいんだ。二度とあんな顔見たくないから」
「…一緒に頑張ろうね」
「あぁ」


ガイが私に、私がガイに、触れられる日はもしかしたらすぐそこなのかもしれない。



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12'0216
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