彼に対して抱いた最初の印象は、とにかく嫌な奴、だった。そしてそれは間違いなどではなく本当に嫌な奴であると確信するのは彼が第五師団に来て(私が副師団長になった日でもある)二日後のこと。なんかよく分からない鳥の仮面をして年下の分際で偉そうに「早くお茶入れてくれない」とか言ってくるし、私がちょっとでも仕事が遅れるとネチネチとまるで姑のように文句を言ってくる。ふざけんな!と叫んでしまいたくなるが、相手は直属の上司。正面から言える訳もなくいつも拳が白くなるほど握りしめてなんとか我慢しているのだ。私は至って真面目に仕事をしているわけであって遅いだのノロマだの言われる筋合いはない。これでも認められて今の地位を頂いたのだ。それをああだこうだ新入り(しかも年下)が偉そうに言うなってんだ!


「ムカつくと思わない?!ねぇアッシュ聞いてる??!」
「……お前はそんな話をする為にわざわざ俺を呼んだのか」
「は?当たり前でしょ」


今日こそは溜まりに溜まった愚痴を外に吐き捨てようと呼び出したのは同期のアッシュだった。珍しく任務がないという情報を入手したためランチついでに強制的に食堂へと連れてきて先ほどのような愚痴を延々と溢し続ける。眉間に皺を寄せて大きな溜め息をついたアッシュがうんざりしているのは気のせいではない。


「毎度愚痴を吐かれる俺の身にもなってほしいもんだな」
「だって今日は聞いてくれる人がアッシュしかいなかったから」
「もう聞いてやらん」
「ごめんごめん。いつも聞いてくれて感謝してるよ」
「フン」
「あーまじ仮面野郎ムカつく」
「だいたいいつもの事だろ。アイツが嫌味ったらしいのは」
「わかってる、わかってるけど…」
「…」
「たまには褒めてくれたっていいと思わない?褒めてくれればもっと頑張れるのに」


シンクが嫌味な奴なのは初対面で理解しているし性格も悪いけど、きっと事実を言っていることのが多いことぐらい分かっているつもりだ。けど私も感情というものを持ち合わせているわけで、駄目だしばかりされれば腹ぐらい立つ。人間褒められて伸びるもんだ。


「単純だな」
「バカにされ続けてたら誰だってこうなるわ。仕返しに長期休暇取ってやろうかな」
「アホか」


はぁ。午後の仕事が憂鬱です。


アッシュとは食堂で別れ私は第五師団の執務室へ向かう。今日は任務はなかった気がしたから書類を片すだけ。事務仕事嫌だな…。デスクに向かってじっとしてるより、危険は伴うが任務で魔物を退治する方がよっぽど性に合ってると思う。また小言ばっか言われんだろうな。


「ただいま戻りました」


執務室にはもちろんシンクの姿があった。すでに書類を片付け始めているのを見ると、嫌いな相手でもそこは素直に関心してしまう。若くてまだ信託の盾に入りたてなのに、やっぱり師団長になれる素質が彼にはあるんだと感じた。私は自分の席に座って目に入った書類を手に取る。えっと、タタル渓谷のゴミ拾いの日程について…ってあんな人の入らない森にゴミなんてあるわけ…。そこでドンッと音がして顔を上げると、今にも崩れ落ちそうな紙の束をシンクが置いたところだった。私のデスクに書類が増えた代わりに彼のデスクが綺麗になっているのを見ると、彼の分の書類を私に押し付けようとしてるに違いない。


「これ、よろしく」
「やだよ自分でやって」
「これはお願いじゃなくて命令だよ」


唯一見える口許が弧を描く。ざまあみろとか思ってんでしょ。いきなり心が折れそうになるのをなんとか堪えてみるものの表情はひきつってしまっているんだろう。てか私に押し付けてシンクは何すんだよ。


「職権乱用!」
「否定はしないけど。…急遽任務になったから僕はもう行くよ」
「は、え?任務?なら私も、」
「来なくていい。任務は僕だけでなんとかなるからファーストネームは大人しく僕の帰りを待ってるだけでいいよ」
「あ…うん、わかった。いってらっしゃい……」


振り返らずに執務室を出ていくシンク。任務に同行させてもらえないのはいつものことだが、棘のある普段の声とは違って幾分か柔らかいものに感じる。しかも掛ける言葉です彼らしくない。いつもなら「帰って来るまでに終わらせてなかったら明日の仕事倍だから」とか言うくせに。どうしたの。珍しく優しい。今しがたアッシュに愚痴を溢して来たばかりだというのに今日のシンクは魚が陸で生活するほどの異常さだ。シンクがおかしい。なんか変なものでも食べたのか、それとも寝不足で頭が狂ったのか。でも、どうしよう、




嬉しい





気付かない優しさ


私の気も知らずに静かに閉じる扉を数秒間見つめ、終わらせるべく新たな書類を手に取るのだった。



(危ない任務には同行させないよ。万が一怪我したら大変だからね。それと、君が望むなら僕はいくらでも君に優しくしてあげるさ。気付かないなら気付かせるまで)


13'0116
シンクの見えない優しさに気付いてないだけだったヒロインちゃん。アッシュとの会話を実はシンクが聞いていて、それをきっかけにもっと優しくなればいいよ。