いつか別れの日が訪れると分かっていたのに、それを受け入れられるほど私たちは大人になんてなれなかった。


「本当に帰っちゃうんだね」
「…うん。私には帰らなきゃならない場所があるから」
「それってエレンピオスのこと?」
「ううん、違う。もっと別の、遠い世界」
「もう会えないの?」
「………」
「僕は会えなくなるなんて嫌だよ」


ジュードから目を反らすように手元に視線を落とした。私の手にはあの日エレンピオスでガイアスから受け取った短剣が握られて、時空を司るミュゼの力の一部が宿っているこの剣でなら、元居た世界に帰れるとマクスウェルが言っていたのを思い出して、リーゼ・マクシアが落ち着きを取り戻した今が実行すべき時のような気がした。向こうの世界には大切な家族や友達がいる。不本意で突然この世界に来てしまった日からずっとこの瞬間を夢見てきた。なのにやっと帰れると分かって、いざそれが目の前に迫っても何故だかあまり嬉しくない。元の世界に帰って再び目が覚めた時、ここでの記憶は全て夢だったと片付けてしまえばいいのに、夢で終わらせたくないと思う自分がいるのはどうしてだろう。それどころか、本来ならばこの世界にいてはいけない人間の私が、ここにいたいとすら思ってしまっている。


「わがままだってことぐらい自分でも分かってる。でも、でも僕にはファーストネームが必要なんだ…っ」
「ジュード……」


痛いくらいに握られた手が彼の想いを表しているようでどうしていいか分からなくなる。帰りたくないわけじゃない。むしろ帰りたい。だけど私にはジュードの手を振りほどくことも、このまま置き去りすることも出来ない。でも私が存在していることで歴史が変わってしまう畏れがあるとしたら、いない方がいいに決まってる。お互いのために忘れた方がいいんだ。今まで素敵な夢を見てましたって夢で終わらせてしまえばいい。それが一番悲しまなくて済む。


「ジュード、わたし、」
「嫌だ」
「おねがい、放してっ…」
「僕は一緒にいたいだけなんだ…!」


男の子の力に叶うはずもなく私は強引に彼の腕の中に引き寄せられた。これ以上触れないで欲しいと思う一方、ジュードの匂いに包まれて安心しているのもまた紛れもない事実だった。ガシャンと手からすり抜けた剣が地面へと落ちる。意思が揺らぐ前にと一刻も早く立ち去ろうと決めていたのに、こっちに来てから物事が予定通りに進んだ試しががなかったことを思い出しては、旅をしていたあの頃を振り返り小さな笑みを溢し彼に身を委ねるのであった。



淋しがり屋ふたり

12'1210