私はひとり一年間過ごした教室の窓から校庭の桜を見つめた。毎年見ていたはずなのに今は何故だか虚しく感じるだけ。きっとそれは今日この学校を卒業したからか、ただ切ない気持ちなだけなのかは分からないけど。

卒業式は思ってたより早く終わってしまった。式の最中はこの3年間を思い出していた。友達をたくさん作ってたくさん遊んで、時には泣いたり怒ったり。二年になってからはバイトを始めた。友達と遠出もした。そして三年生で、初めて恋をした。同じクラスのクールな男の子。風紀委員の彼はいつも制服をきちんと着ていて、頭は良いしスポーツも出来ると女子から人気があった。私はそんな遠い存在に恋をしてしまった。



結局実らぬ恋だったなぁ。というか実る実らないの前に話したことすら無いんだけどね。一度でもいいから話てみたかった。そんな事を考えていると、突然教室のドアが開く。私は反射的にそちらに振り返り、そこに立っていた人物に目を見開いた。


「(斎藤君?!)」
「まだ残っていたのか」
「え、あ、うん」


斎藤一君、私の好きな人。彼は私を一瞥すると自分の席だった机に向かった。どうやら忘れ物をしたらしく机の中からノートを出してカバンにしまうその動作を私は静かに眺める。


「帰らぬのか」
「…まだ桜を見ていたくて」
「桜が好きなのか?」
「うん。桜って出会いの象徴っぽいでしょ?だから好きなの」


まあ別れでもあるんだけどね。そう苦笑いを浮かべる私と斎藤君の真剣な瞳が不意に合わさる。まるで石になったかのように彼の青い瞳から目が放せない。


「この教室にいると、楽しかった思い出ばかりが蘇る」


机を撫でる手つきは自分でも驚くくらいに優しいものだった。


「斎藤君とは話す機会無かったけど、一年間ありがとう」
「礼などいらない」
「ふふ。…もう、お別れかぁ」


また桜の木を見つめる。綺麗なピンク色。


「斎藤君」
「…何だ」
「私、斎藤君が好きだよ」


今度は斎藤君が目を見開く番だった。何故だか今言わないと後悔すると思った時にはもう言葉が口から勝手に出ていた。


「急にごめんね。ただ言っておきたかっただけだから」


斎藤君はその場に佇んだままピクリとも動かない。帰らないのかな?と思った矢先、彼はドアではなく私の方へつかつかと歩み寄って来たのだ。そして私に何かを差し出す。…ハンカチ?


「これを、アンタにずっと返そうと思っていた」
「これ…私のハンカチ」
「名字は覚えてはいないかもしれないが」


確かに私のハンカチだ。なんで斎藤君が私のハンカチを持っているんだろう。


「一年の時の体育祭で怪我をした俺に、アンタはハンカチを差し出したんだ」
「…」



「大丈夫?」
「…大したことない」
「でも血が酷いよ!良かったらこれ使って」
「だがアンタのハンカチが血で汚れる」
「いいよ、別に」
「…アンタの名前とクラスを教えてくれ」
「私?私は4組の名字名前です。よろしくね」




あの時の、


「斎藤君…だったの?」
「あれから機会を失ってしまった。もう返せないと諦めていたが、」


アンタが教室にいて良かった。斎藤君は淡く微笑む。


「俺はこの時から名字、アンタだけを見ていた」
「…!!」
「好きだ、名前。別れなど誰がするか」


斎藤君は腕を掴んで私を抱き寄せる。私も彼の背中に手を回し強く、強く抱き締め返した。


桜の咲く季節

桜は“別れ”の象徴なんかじゃなくて、きっと“新しいスタート”を意味しているんだね。


すべての卒業生に捧げます。
(110310)
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