※死ねた



名前の容態が悪化したと報せを聞いたのは時計の針が二時を差す真夜中のこと。そろそろ寝ようと布団に入ろうとしていた僕は、彼女の両親からの連絡に急いで家を飛び出した。タクシーを拾い病院へ向かい告げられた残酷な言葉はズシリと重く僕の心にのしかかる。「…残念ながら、もう…」名前の両親は何も言わず先生に一度だけ頭を下げると名前の待つ病室へと姿を消したのだった。


病室には無機質な機械の音と浅く短い名前の呼吸音だけが鳴り響いている。ベッドに横たわる名前の顔は青白く、先程彼女の担当医に告げられた内容が現実として差し迫ってきていることを嫌でも痛感させられる。


「…名前」

「…そう、じ?」

「名前…ッ」


ベッドの傍らに座り名前の手を両手で包み込む。弱々しくその手を握り返す彼女の腕には点滴の針の痕が多く残っていて彼女の綺麗な肌には似合わないと思った。


「来て、くれたんだ…」

「…うん」

「ありがとう、総司」


彼女の笑顔はとても脆くて儚くて、今すぐに消えてしまいそうな恐怖感に襲われギュッと握る手に力を込める。名前は優しくて元気で明るい太陽のように笑うどこにでもいるような普通の女の子だった。当たり前のような毎日を、みんなが何気なく歩んでゆく人生を名前も生きてゆく筈だった。……この病魔が彼女を襲うまでは。
もう発見された時には末期だった。余命は半年。僕も名前の両親も名前には伝えることは出来ず「治る、きっと治る」と励まし続けた。それも気休めにしかならないのは重々承知しているし、こうして日々弱ってく体力に最期が近いことは彼女自身わかっていたのだと思う。


「お父さんも…お母さんも、ありがとう…。それと、ごめん、ね」

「…謝ることはない」

「…そうよ、名前は何もっ、悪くないわ」

「まだ…、親孝、行…なにひとつ…して、ないのに、…ごめん」


名前は空いている手でおばさんの頬を撫でる。堪えきれずに流れた出したおばさんの涙が名前の手を濡らす。その手に自分の手を重ね「そんなの気にしなくていいの」と名前の髪を撫でながら笑ったおばさんの顔は名前とそっくりだった。


「総司」


いつの間にか顔をこちらに向けていた名前が僕の名を呼んだ。


「なぁに?」

「ずっと…、一緒にいれなくて…ごめんね…」

「っ本当だよ。約束したのに、酷いな名前は」

「ふふ、いつもの総司だ」


これから永遠の眠りにつく君の最後の“僕”という記憶にせめて笑顔を残して欲しくて、泣きたい気持ちを抑えて笑う。名前が泣かないなら、僕も泣く訳にはいかないから。


「土方、先生を…からかったりしちゃ、…駄目だよ」

「気を付けるよ」

「あ、と、遅刻もだめ」

「10分早く起きるよ。…約束する」

「授業中…寝るのも」

「わかった。名前のお願いならしない」

「あとね、わたし、がいなくて、も」

「うん…ッ」

「わらって?」

「うん、ちゃんと笑う」

「総司…っ!そうじッ」


名前の目から涙が溢れ出す。掬っても掬っても流れる涙。そして段々と浅くなる呼吸に、いよいよ来ないで欲しいと願った時が来てしまったことを悟る。


「名前…!」

「そうじ、」

「何で名前がッ」

「だいすき、だいすきなの…!!」

「僕もだよ、僕も名前が大好きだよ」


力が抜けてく名前の手を放さないよう強く握る。名前は涙でぐちゃぐちゃになった顔を綻ばせながら、最後に一言、こう言った。


「もっと、貴方と一緒に生きたかった」


そして名前は永遠の眠りについた。
彼女がこの眠りから醒める事はもう二度とない。

僕の頬を涙が静かに伝っていった。

たった一つの願いさえ、世界は叶えてくれない

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