「名前、そろそろ薬の時間だ」


名前と呼ばれた少女は、昼間なのに閉めきった薄暗い部屋で布団に寝そべっていた。焦点の合わない虚ろな瞳は上司の姿を写すことでようやく定まった。


「少しは身体を動かさねば気が滅入ってしまうぞ」


上司である斎藤の言葉にも何の反応も示さない彼女の身体を、斎藤はゆっくりと起こしてやる。幾分か痩せた名前の身体は彼女が日に日に生きる気力を失ってきているような気にさせた。


「自分で持てるか」


今にも倒れてしまいそうな名前の肩を支えながら問い掛けると、彼女は首を小さく縦に振った。
こくこくと喉を鳴らして薬を流し込む名前を見て、どうしてこうなってしまったんだろうと斎藤は考える。

名前はけっして病気などではない。見たところ体調が優れないわけでもなければ、目立つ外傷があるわけでもない。いや、見当たらない程度まで完治した、と表現した方が正しいだろう。
なぜなら彼女の利き腕は、先日負った大怪我で山南同様、二度と刀を握ることが出来なくなってしまったのだ。もう戦うことは出来ないと医者に告げられたにも関わらず信じようとはせず、圧し切って無理矢理刀を握ろうとする始末。見兼ねた土方により刀を取り上げられ泣き叫ぶことで自我を保っていたが、その後泣き止んだ名前の瞳に生きる希望の色は見えなかった。山南とは違い、彼女の心は壊れてしまったのだ。
それもその筈。名前にとって刀とは命より大切なものであり、また自分が新選組に居続けられる大きな理由であったからだ。あんなに明るく活発だった名前がこんな状態になってしまうだなんて、ここにいる人間の中で一体誰が思うだろうか。


「…副長が、お前のことをひどく気にされていた」
「……」
「副長だけじゃない。局長も、総司も、皆がお前を心配している」
「………そ、ですか」


久しぶりに聴いた、名前の声。細く透き通る綺麗な声は低く掠れていた。そうさせたのは、守れなかった俺か、刀を取り上げた土方さんか、はたまた戦う術を失った彼女を未だここに留まらせているこの環境か。何にせよこのままでは本当に衰弱死しかねない。元気付けようと試みるが、生憎斎藤はこんな時彼女に何と声を掛ければいいのか分からなかった。この時ばかりは自分の不甲斐なさを心底恨んだ。重たい沈黙が続く。それを破ったのは意外にも名前の方だった。


「もう…次から薬、要りません、から」
「これは副長が名前のために用意している薬だ。好意は受け取っておけ」
「身体に効かない薬を飲まされる事を好意としてどう受け取れと言うんですか……!」


もはやそれは彼女自身の心の叫びだった。医者も治せない傷が薬一つで治ったら誰も苦労はしない。そう分かっていても何かにすがっていたいのが人間という生き物。しかしこの薬は、皮肉にも一番にそれを願って止まない彼女を苦しめただけに過ぎなかった。名前はここにただの荷物として置かれている自分が許せず、いっそのこと捨ててもらえればとずっと思っていた。今もその気持ちは変わらない。今の彼女には山南の気持ちが痛いほど理解できる。これでは生きた屍だと。気付かれぬよう懐に隠しておいた赤い液体の入った瓶に触れる。


「斎藤さん、…もし私が私じゃなくなってしまったら、その時は斎藤さんが私を殺してください」


斎藤は嫌な予感しかしなかった。今までの無気力さが嘘のように突然強い意志を宿したような瞳に何故だか違和感しか感じない斎藤。確実に目の前の少女は何かしようとしている。


「何を訳の分からない事を言っている」
「簡単なことです。私、もう一度刀を握りたいんです。たとえそれが、」


と、懐から赤い液体を取り出す。それは、驚いた斎藤が咄嗟に手を伸ばして食い止めようとするよりも先に、


「人としていられなくても」


彼女の喉を通っていった。
口端から首筋に垂れるその赤が、白い髪が、斎藤の目には何故だか綺麗に写った。止めようと思えば止められたはずなのに彼はそうしなかった。理由は本人でさえも分からない。多分彼はもう一度見たかったのだろう。



もう一度だけ

彼女が刀を握る姿を。そして、彼女の笑顔を。


12'1218
久しぶりの斎藤さん
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