死ぬかと思った。 突然身体の内側からせり上がってきた赤を吐き出さずにはいられなかった。心臓を誰かに直接握られているような感覚にその場に膝を付いた僕の名を、何度も何度も呼ぶ君の、悲鳴に近いその声は今でもハッキリ覚えている。 医者からは無理をしすぎだと注意を受けた。そんなつもりは無かったのだけれど、結果的にはそうなるのだろう。「すまない。気を付けるよ」と曖昧に笑って見せれば、そいつはあからさまに眉を潜めた。 「いい加減大人しく療養せぬと、名前様に叱られますよ」 「はは、まったくだ。彼女は怒りっぽいからね」 「私も名前様からは、半兵衛殿に無理をさせぬよう言い付けられております。半兵衛殿の為、そして貴方を想う名前様の為にも、私は医者としてその命を守らなければなりません。お分かり頂きたく存じます」 「…ああ。分かっているよ」 絶対に無理はしないと約束し、彼を下がらせた。傍らに置かれた薬が以前と違うのを見ると更に強力なものに変わったことが伺える。秀吉の力になりたいと知らず知らず自分の体に鞭を打っていたのかもしれない。身体の気だるさが一層酷くなっていた。 まだ僕は死ねないよ。いや、この先戦で死ぬ気など毛頭ない。君との約束が夢を叶えたその先の僕の生きる理由になってくれているから。 起きているのも辛かった。きっと薬の副作用だろう。急激に睡魔も襲ってきた。何の抵抗もなく目を閉じる。意識が沈む直前、呟くように僕を呼ぶ名前の声が聞こえた気がした。この前とは違った穏やかなものだと頭の片隅で思った。 どのくらい寝ていただろうか。もう空は暗かった。随分と体調も回復しているようだし、少し外の空気を吸おうと廊下に出た。そこには城下を見下ろす名前がいて、僕に気付くとこちらを振り返る。 「半兵衛は……」 「…」 「無理はしないでって、何度言えば分かってくれるの?」 「僕の身体だ。君には関係ないよ。君こそこんな所で何をしているんだい?風邪を引いてしまうよ」 「半兵衛には関係ないわ。私の身体だもの」 「………」 怒っている。目を見るだけで分かる。名前は眉を下げて一歩僕に近寄った。 君を傷付けるはいつも僕だ。この病気が有る限り永遠に。自分の命より親友との夢が大切だなんて言ったら君は笑うだろう。そして次には涙をいっぱいに溜めて僕の為に怒るんだ。名前はそういう子だから。 「いつか私に言ったよね、半兵衛。私を幸せにするって」 「ああ。言ったよ」 君とした約束。それは、戦乙女ではなく、普通の女子として名前を幸せにするというもの。戦いばかりを繰り返してきた名前の手にもう刀を握らせたくはなかった。綺麗な召し物を纏い、今まで出来なかったことをたくさんして欲しかった。幸せになってもらいたいんだ、誰でもない僕の傍で。 「私だって半兵衛を幸せにしたいの」 「僕はいつだって幸せさ。今死んだって良いくらいだ」 「嘘。それじゃあ少なくとも私は幸せじゃないわ。半兵衛が死んだら私は不幸同然。貴方は約束を破ることになる。私は半兵衛、貴方にも本当に幸せになってもらいたいの」 つまり名前は僕がいないと幸せになれないと言うことだ。僕は僕がいなくても名前の幸せがあると思っていたけど、どうやらそれは違ったらしい。名前の幸せが僕の幸せであるように、名前の幸せは僕の幸せなんだ。 名前には敵わない。 「君は僕にどうして欲しいの?」 「…生きて、私と幸せになろう」 幸せになるってそんな簡単なことじゃないけど、君とならなれる気がするんだ。 握った手が暖かいと、触れた唇が柔らかいと、笑った君が愛しいと、その全てが僕の幸せに繋がるということを、これからも感じていきたいと…そう思うんだ。 111003 |