卒業式前日。竹中先輩は卒業式の予行練習があるとかなんとかで生徒会の仕事は出来ないらしく、私は放課後に一年間の仕事をかたすべく生徒会室に篭もりきりになっていた。他の生徒会役員はみんな予行練習に参加しているので大量の書類を一人で片付けなければならない。書類に目を通し会長印を押す。それを何回も繰り返していた。


「ご苦労様」

「…竹中先輩。予行練習はどうしたんですか」

「もう終わったよ」

「それはそれは。お疲れ様でした」

「もっと気持ちを込めてくれないか?」


竹中半兵衛。前生徒会長であり学校の人気者。その人気ぶりは他に見ないもので、会長の任期が卒業までになる程だった。私はそんな彼を陰ながら補佐をする副会長だったため、他の人よりも彼と話す機会も多い。容姿端麗、頭脳明晰。他にも紳士で優しい。そんな言葉が似合う彼を好きにならない筈などなかった。
そんな竹中先輩とは会議で意見の衝突も多々あり多少の口の聞き方は許されているから、こうした態度をとやかく言われることは無い。


「ま、せっかくなんでこれ手伝って下さい」

「君は会長を使うのが随分と上手くなったみたいだね」

「何のことやら」


私の向かいに座った竹中先輩の前に一向に減らない書類を半分以上置くと、先輩は片眉をひくつかせた。けど直ぐに諦めたのか、やがて教室には印鑑を押す音と紙の擦れる音だけが聞こえる。
不意に、こうして仕事をこなすのも今日が最後だということに気付く。ああ、もう卒業してしまうんだ。理解した時に私の手は自然に動きを止めていた。


「手が止まっているよ」


それに気付いた先輩が顔を上げずに声をかける。


「明日、卒業ですね」

「そうだね」

「進学ですか?」

「ああ。K大学にね」

「……名門ですか」


K大学と言えば日本の中でも頭が良いと知られる大学の一つだ。そこの医学部に推薦で合格したと言うからどんな頭脳をお持ちなんだこの人は。それが普通みたいな顔してるあたりがむかつく。そんな先輩を恨めしそうに見つめていたら、先輩は不意に窓の外を眺めながら呟いた。


「三年間というのはあっと言う間に過ぎてゆくものだね」

「何を急に」

「いや、明日卒業するのが未だに実感が湧かないんだ」

「私も明日から先輩が生徒会室にいないのも、私が会長を務めるのも実感しません」

「生徒会は君なら安心して任せられる」

「やめて下さい。誰かを影で支えるの方が私には合うと思ってますから」

「はは、確かにそうかも知れないな」


先輩は視線を窓から私に向けて笑う。その笑顔があまりにも綺麗で私は思わず見とれてしまっていた。


「君とは意見の食い違いが多かったけれど、素晴らしい補佐を持ったと思ってるよ」

「ありがとう、ございます。私も、先輩の下で仕事をやれて光栄でした」

「名前は今みたく一人で仕事を終わらせたり、面倒事を背負う癖があるから、みんなで協力していくんだ」

「…はい」


先輩は会長としての最後の言葉を紡ぐ。やっぱり寂しくて切なくて、声が涙ぐむ。涙が零れる前に、私は瞳を閉じた。




>>




「やっぱ送っていくよ」

「大丈夫ですから。まだそんな暗くないし」

「なら良いけど、」


あれから仕事を再開しても、終わる頃には5時を過ぎていて、空は暗くなりかけていた。竹中先輩は何度も送ると言ってくれたが反対方向で申し訳ないので丁重に断った。
門を出てお互いが足を止める。沈黙が続く中、最初に破ったのは竹中先輩だった。


「気を付けるんだよ」

「はい。手伝ってくれてありがとうございます」

「気にしないでくれ」

「…それじゃあ、また」


もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。けど、サヨナラは言えなかった。きっとまたどこかで会えると信じていたかったから。
先輩に背中を向けて歩き出す。少し進んだ所で大事なことを思い出して振り返る。まだ背中が見えるのを確認して大声で叫んだ。


「っ先輩!!!」


先輩はゆっくりと振り向く。驚いた表情をしている。最後に明日卒業してしまう貴方にせめてものはなむけの言葉を贈らせて下さい。


「竹中先輩、ご卒業、おめでとうございます」



サヨナラは言わない
だって、これが最後じゃないもの。

110310
すべての卒業生に捧げます。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -