「何故だ」 「……」 「何故だ!名前…ッ」 「これが…、私の務めだからです」 月明かりに照らさせた部屋には徳川軍の忍服を着た私と、そんな私に刃を向ける最愛の人。月に照らされて綺麗に光るソレは此の場の空気には似合わない、そんな暢気なことを考えていた。 「嘘だと言え!」 「…嘘ではありません」 「私を、裏切るのか…!!」 「私は最初から徳川の人間です」 私は元々家康様に仰せ付かった命を実行すべく石田軍へと潜り込んだ徳川の忍だった。そして任務を確実に遂行させる為にはまずは彼、石田三成から絶大な信頼を得なければならないと踏んだ私は正体を明かさずに三成様の元で働き出した。私の働きを気に入って下さった三成様が、私を私室に呼ぶ回数は日に日に増えていき私たちはいつしか恋人となっていた。 ただ幸せだった。任務など忘れてしまったかのように幸せな毎日を過ごしていた。けどその幸せはいつまでも続くことは無かった。 『名前、任務を忘れてはいまいな?』 『…っ!、ええ』 『家康様がおまえの帰りを待ちわびている。さっさと終わらせろ。今なら、』 “凶王の首など容易い。” 家康様に遣わされた徳川の忍が深夜に私の元を訪れてたことにより、私は現実を突き付けられてしまった。三成様は敵で、今回の任務の標的で、家康様の為に遂行させなければならないのに…。三成様の部屋に忍び込んでクナイを喉元に突き立てようとして、私はその手を止めてしまった。その間に私の気配に気付いた三成様は飛び起きて瞬時に刀を構える。そして、私の姿を捕らえた三成様の目が大きく見開かれた。…出来なかった。たとえ主君の命令であったとしても愛する人を殺すなど、どうしても私には出来ないのだ。 「私の主はただ一人。徳川家康様だけなのです」 「……っ」 「でも、出来なかった」 「…」 「家康様の命であろうと、私は貴方を愛してしまったから」 「!!」 「殺せなかった」 私は手の力を抜き持っていたクナイを床に落とす。 「三成様」 「…何だ」 「どうか、此の場で私を殺しては下さいませんか?」 「?!何を、」 「徳川に戻ったところで私を待つのは死のみです」 もう徳川には帰れない。素性を知られてしまったからには石田にも居られない。ここに残っても徳川の忍が私を殺しに来る。ならばせめて私は私の死に方を自らの意志で選びたかった。 「三成様、どうせ死ぬなら私は貴方の手で死にたいのです」 「貴様はそれを望むのか」 「……はい」 三成様は私の目の前まで来ると震える両手で力いっぱい私を抱き締めた。これから死ぬというのに未練など何もなかった。それはきっと三成様の手で死んだなら、この先ずっと彼と一緒に居られる気がしたから。 刀が背中に宛てられる。不思議と恐怖はない。 「三成様、私は幸せでした」 「…私もだ」 三成様はギュッと抱き締める腕に力を込めて私の耳元に唇を寄せる。呟かれた彼の言葉に私は何度も何度も頷く。 そして刀は勢い良く振り下ろされた。 泣いて馬謖を斬る 『もっと違う出会い方をしたかった』 私もです、三成様。 (110308) |