「半兵衛様、半兵衛様」 「半兵衛様はさすがで御座りまする」 「豊臣に、半兵衛様にお仕え出来て真に嬉しゅう御座います」 半兵衛様もとい竹中半兵衛は、女性顔負けの美しさや柔らかい物腰で城の女中から絶大な人気を誇っている。わらわらと周りに群がる彼女らをあしらいもしないし、常に笑みを絶やすこともない。眉目秀麗という言葉がとても似合う、それが半兵衛という人物だ。 それを柱の陰から見詰める私は、一応彼とは恋仲にあたる関係だ。だからその光景に少なからず嫌悪感を抱く訳で。 半兵衛の部屋に報告書を渡しに来ただけでとんだ災難だ。こんなことなら少し時間を空けてから来るべきだったと、今更後悔しても遅いのだけれど。 なんでこんな私が気を遣わなければならないのか。私の中にもやもやした何かがうごめいた。 半兵衛が、笑顔で女中の相手をしているのも、私の気配に気付かないのも、何もかも苛立った。 スッと半兵衛の部屋に入ったところでやっと私の存在に気付いた彼は、「やあ、名前」と変わらぬ笑顔で普段通りの挨拶をした。 「……」 「名前?」 「報告書ここに置いておくから。気が向いたら目通しておいて」 「え、ああ…ありがとう」 女中たちの冷たい視線を浴びるのが鬱陶しくてさっさとその場から立ち去ろうとした私の背中に、焦っている様な心配している様な声色で半兵衛に声をかけられた。 「どうしたんだい?」 「…別に、何もないよ」 何だか自分が惨めな気持ちになった。もう半兵衛を、女中を見たくなくて本当にその場から去った。 ――― 「名前」 夜。執務に没頭する私の部屋に会いたくない奴第一位がやって来た。 「名前、」 「来ないで」 「怒ってるの?」 「分かってるのなら聞かないで」 振り向かない私に、徐々にに近付いてくるのは気配でわかる。こっちを向いてくれ、と言われても、それでも今は顔を見たくなかった。 「…すまなかった」 「………」 「彼女たちは、女中頭だからぞんざいに扱うことは出来なくて」 「…」 「ごめん、名前、本当にごめん」 震える私の肩を抱く半兵衛。 遂に嗚咽が洩れて、更に力が強くなった。 「ごめんって、後から謝るなら……っ、最初からやらないでよッ…」 「…うん」 謝って欲しい訳じゃ無かった。少しは私も構って欲しいだけだった。半兵衛のしてる事は正しい。女中頭ともなれば仕事量は普通の女中よりも多いし、大変なのも分かってる。だから半兵衛も感謝の意を込めて接しているのだ。 「半兵衛のしてる事は、間違ってなんか、ないんだから、謝らないでよ…!!」 「そうだね、…君の言う通りだ。でも、君を泣かせてしまったのは僕の所為だ。だから謝らせてくれ」 「もう、いいよ、半兵衛。もう分かったから」 くるりと体を反転させるとそこには辛そうな半兵衛の顔があって、苦笑いしてしまう。すると、私の頬を彼の両手が包んだ。 「やっと向いた」 とても安心したその表情に私も嬉しくなった。彼の手に自分の手を重ねてクスクス笑った。 「半兵衛を、取られてしまうかと思った」 「大丈夫」 半兵衛の顔がゆっくり近付いて、目元に口付けをしてくれる。 「僕の全ては君のものだ」 「んっ」 強引に奪われた唇。だけどそれはとても優しいものだった。 その声も唇も温もりも、全て私のもの 110222 |