※幼女ヒロイン



半兵衛は隣でぱくぱくとご飯を食べる少女を暖かい笑みを浮かべながら見つめた。


「美味しいかい?」
「うん!」
「そうか。なら沢山食べるといい」
「はんべもたべよ!」
「ああ。頂くよ」


子供らしい笑顔で笑う少女の名前は名前。数ヶ月前に戦からの帰路で半兵衛が拾って豊臣の一員になった、まだ四つの幼女。
名前はこの大阪城で誰からも愛される人気者。愛らしい笑顔に、人懐っこい性格に皆構いたくて仕方ないのだ。

半兵衛は、今度は自分とは反対側に座る三成に顔を向けて「あーん!」と言いながら魚を差し出している少女の膳に、茄子の漬け物が全く手を付けず残っているのに気が付いた。
理由なら分かっている。名前は茄子が大嫌いだからだ。


「名前、好き嫌いをしては駄目だと前にも言っただろう?」
「おなす…きらい」
「でも食べなきゃ駄目だ」
「みつなりはたべてないよ?」
「三成君はお腹が減っていないんだよ」
「いや。たべたくない」


頑なに茄子を拒否する名前。頬を膨らませて、ぷいっと顔を背けた。


「名前、食べるんだ」


僕の声にビクッと肩を揺らした名前は次に泣きそうな顔をして三成君の腰に抱きついた。どうしていいか分からずにいる三成君と目が合って、僕は困ったように笑う。


「みつなり、はんべこわい」
「……半兵衛様」
「僕は別に怒っている訳ではないよ、名前。ほら、三成君が困っているよ」


本当に、怒ってなんていない。ただ名前には好き嫌いをしないで元気な子に育って欲しいだけなのに。あと、茄子の美味しさを理解して欲しいんだけどね。
そんな半兵衛の思いを知ってか知らずか、――多分知らないだろうけど――ふるふると首を横に振る名前。
どうしたものか。どうすればこの子は茄子を食べてくれるのだろうか。


「半兵衛」
「何だい秀吉」
「もう良いではないか」
「甘やかしたら駄目だよ」
「だが、」


あの秀吉までもが名前の事になるとこれだ。可愛い過ぎるのも時には悪い事に繋がるのを僕は知った。


「ではどうする」
「…僕に良い考えがあるんだ。―――名前、」


半兵衛が名前を呼べば三成の陰から顔を覗かせる。眉は下がり目尻には薄ら涙が溜まっていて、思わず苦笑い。


「ここにおいで。大丈夫。怒ってなんていないよ」
「…うん」
「そう、いい子だね」


座布団に座り直した少女の頭を撫でてやると、誉められたのが嬉しいのかやっとその顔に笑みが戻ってきた。


「実はね、僕も茄子が嫌いなんだ」
「はんべえも?」
「ああ、でも名前と一緒に食べれば好きになれそうなんだけどな」


僕の言った事を、茄子の漬け物を凝視しながら小さな頭で一生懸命理解する。
やがて顔を上げて半兵衛を見つめた。


「名前も、はんべえとたべたら、おなすすきになれる?」
「勿論なれるさ」
「…じゃあたべる」


勿論半兵衛は茄子は嫌いではない。名前に食べさせようと試行錯誤した結果が、“一緒に食べる”という作戦だった。子供は単純だ。だから実行するのはとても簡単だった。

一緒に茄子を口に運び、もぐもぐと口を動かす。


「…おいしい」
「本当だ。美味しいね」
「はんべとたべたから?」
「そうだよ」


ぱっと明るい表情で、先程とは嘘のように茄子を口に運ぶ。僕の苦労は何だったのだろう、溜め息が出てしまった。


「さすがは半兵衛」
「これくらい造作もないよ」
「名前、私の分も食べていいぞ」
「わーい!みつなりありがとう!」
「さっきまでの拒否が嘘みたいだ」





豊臣の幼い姫君は愛されそして大きくなる

(はい!はんべ、あーん!)
(うん、美味しい。はいあーん)
(あーん…おいしい!)
(((可愛い…)))

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