ああ、やってしまった。
私はズキズキと痛む左腕を抑えて、足早に自室に戻る。服の袖は自分の血で真っ赤に濡れ、吸い取りきれなかったそれは腕を伝い指先からぽたぽたと床に落ちてゆく。


「…ッ」


部屋に入り襖を閉める。刀で袖を切ると現れたのは大きな傷。相当深いらしく血は止まるどころか溢れるばかり。小さく舌打ちをして布を強く押し当てた。

初めての戦だった。秀吉様の左腕である三成様の部下として日々執務をこなすだけであった私に、豊臣の軍師竹中半兵衛様がお声を掛けて下さり陣を守る役割を仰せつかったのだ。三成様は最後まで反対していたが、私も引き下がる訳にはいかなかった。最終的に半兵衛様が仰るなら…と戦へ赴く許可が下りた。

当日。初めての戦を目の当たりにした私の体は、その光景にガタガタと震えていた。敵軍の兵がこちらの陣を奪おうと我々に襲いかかる。そして―――「全然止まらない…」


敵が刀を振り下ろす瞬間がとてもゆっくりに感じられた。私の名を呼ぶ仲間の声が聞こえたけど、足が竦んで動けなかった。間もなく三成様の活躍により戦が終わり、三成様は秀吉様と共に先頭を、私は後方を歩いて城へ帰り部屋に駆け込んだのだった。


「私、何してんだろ…」


三成様の反対を押し切って戦に出たのは私なりに譲れない想いがあったからだ。なのに私は怪我をしただけで、他は何も出来なかった。自然と傷を押さえる手に力が篭もる。


「ただの役立たずじゃん。情けな」

「だから私はあの時止めておけと言ったのだ」

「!み、三成様っ!」


勢い良く振り向くと、眉を潜めた三成様が部屋の入り口に立っていた。三成様は傷口に宛てた真っ赤な布を見て更に怖い顔をされた。あ、やばい。怒ってる。


「何故ここに!」

「血で床が汚れていた。名前、その傷は一体何だ」

「こ、これはただの掠り傷です!ちょっと血が止まらないだけで、」

「ただの掠り傷でそこまで血が出るか。貸せ、私がやる」

「へ?あ、いや!こ、この傷は私の失態です、だから自分で」

「黙れ。大人しく手当てされろ」


それからはあっと言う間に手当ては終わり、今は包帯を巻いている。三成様の表情は相変わらず厳しいものの、包帯を巻く手付きは凄く優しい。
三成様は手を止めてふと言葉を漏らした。


「名前、何故戦へ出た」

「…」

「半兵衛様にお声を掛けられたからか」

「…いいえ、違います」

「何の為に自ら戦場へ赴いた。怪我をする為か」

「…いいえ、違います」

「では何故だ」


そこでやっと顔を上げた彼と目が合った。怒って、いる訳ではなさそうだ。本当にわからないといった表情をしている。

三成様は、私が戦に出た理由を聞いたら馬鹿だとお笑いになられるだろうか。それとも呆れられるだろうか。三成様、私は、私は、


「私はどうしても、三成様、貴方様のお役に立ちたかったのです」

「……」

「執務においても微々たるものです。ですから私は戦で少しでも貴方様の助力になればと思いました」

「…傷を負ってもか?」

「はい」


三成様のお役に立てるなら、こんな傷痛くありません。そう言えば三成様の纏う空気が心なしか軽くなった気がした。


「貴様は馬鹿か」

「ふふっ、もしかしたら馬鹿なのかもしれません」


目の前の彼は普段想像もつかない程穏やかな声色で、私は思わず笑ってしまった。
それを見た三成様は巻きかけの包帯をぎゅっと結んだ。決して小さくはない悲鳴を上げた私を見る金色の瞳が少し楽しそう。絶対わざとだ、この人。


あなたの為ならこの身の怪我さえ厭わない


「しばらく貴様には仕事は与えん。部屋で大人しくしていろ」

「あの、私の話、聞いてましたよね?」

「ああ」

「…酷いです、三成様」

「フン」

「(フン、って……)」


110202
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