「斎藤さん!わたし斎藤さんがだいすきなんです!どれぐらいすきかって聞かれると困っちゃうんですけど大好物のきゅうりよりすきなんです!」


名字は今日も俺の部屋で正座して俺の帰りを待っていた。隠しきれていない気配を感じつつも部屋の戸を開けると待ってましたと言わんばかりに飛び掛かってくる。正面から突っ込んでくるコイツを避けるのは容易い。床に顔面をぶつけても直ぐに体を起こしては「待ってました斎藤さん!おかえりなさい斎藤さん!」と騒ぎ立てるのだ。何度煩いと言おうが名字は気にする様子もなく毎日来る。


「結婚してください!わたし料理も洗濯も得意ですから安心してくださいね。夜だって斎藤さんが望めば恥ずかしいことだってします!きゃっ」


最早独り言に近いそれを俺は無視した。律義に返事をしていた所ですべき事を出来ずに一日が終わるだろう。名字はそんな俺の左腕を揺さぶる。そのせいか書類に書いていた文字が滲んだ。大切な書類だというのに名字は何も知らずに俺の名前を連呼する。


「名字いい加減にしろ。俺はアンタに構う程暇ではない。ここにはもう来るな」


いつもの名字なら、またまた照れちゃって!などと茶化すが今日はどういうことか、シュン、という効果音が付きそうなくらい落ち込んでいるではないか。
名字はごめんなさいと呟いて部屋を出ていく。これでいいんだ。アイツにはうんざりしていた所だ。これで懲りたはずと思った。だがどうだろう。十日が過ぎても部屋に一度も訪れない彼女に少し淋しいと感じてしまった俺。名字がいた時は賑やかだった室内が今はとても静かでアレが俺の日常になっていたのだと思い知らされたではないか。


「…斎藤さん」


彼女の下へ行けば裁縫をしていた。素直な気持ちを伝えれば名字は不気味なくらいの笑顔を張り付けて俺にこう言った。


「押して駄目なら引いてみろ作戦ですよ!やっぱ斎藤さんは私がいないと淋しいんですね!私ってばこの十日間ほんっとに淋しかったんですよぅ!」


名字はこういう奴だったとここに来て後悔。


一生の不覚
(111104)
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