京から江戸に移ってから随分と経つ。病気の療養で新撰組から離れた総司は、裏腹に段々と病が悪化しているのを感じていた。鬼の副長が置いていった新調の隊服。袴では動きにくいので皆がこの洋服というものを着ているらしい。昔のままでいいのにと思った総司だが、近藤にも勧められた為に断りきれなかったのだ。 だが総司はこれを着る日は来ないだろうと薄々感じていた。立ち上がるのも一苦労しているのに刀を持って走り回る元気があるわけがない。本当は分かっていた。労咳は治療法がないと云われている死病。これは延命に過ぎないのだと。 本当は死んだって良かった。近藤さんの役にすら立てない自分は生きていても意味が無いのだ。だけど彼をそうさせなかったのは、北へ旅立っていった大好きなあの子が生きてと言ったからだった。自分も必ず生き残るから、総司も病気に負けないでと残し戦場へ赴いた彼女の言葉を力に、忘れかけていた未来を信じていたかったから。 だけど、もう無理みたいだ。総司は松本良順に紙と筆を用意してもらい、震える手を叱咤して紙に女への想いを何日も掛けて書いていった。三枚に及ぶ手紙を書き終えた頃には殆ど体力は残ってはいなかった。 松本にはこの手紙は彼女に渡さないでくれと頼み、総司はゆっくりと目を閉じる。今までの事が走馬灯の様に巡った。ああこれで僕はやっと楽になれるんだ。総司は穏やかに笑う。 『総司』 最後、彼の頭には最愛の彼女の笑顔が浮かんだ。 もしもこの手紙を君が見つけてしまったら、すぐに破って、そして僕を思い出して、少し泣いて 無事に生還した少女は男から渡された手紙を読むとその場に崩れ落ちた。震える文字は確かに少女が愛した男のもので、彼がもうこの世にはいないことを物語っていた。 少女は読み終えた手紙を優しく胸に抱くと静かに涙を流したのだった。 11'1021 12'0822 修正 title / 誰そ彼 |