いつだか君は言っていたね。血に狂う自分が怖い、と。なんとなくだけど、今それが分かる気がする。だって私も羅刹になってしまったから。これから新選組はまだまだ組織として大きくなっていくから、それを少しでも手伝いたくって、まだ死ねないと思った。そんな理由で羅刹になった私を平助は馬鹿だと言った。自分も羅刹になったくせに私には羅刹になるなだなんて勝手過ぎる。その時はそんな風に思って平助とは喧嘩にもなった。

でも、平助が私を怒ったのには彼にとって大きな理由があった。


「名前さん!」
「…千鶴ちゃん?」


副長室に夜の巡察の報告をした帰り、久しぶりに千鶴ちゃんと会った私は彼女と他愛もない話をしていた。顔馴染みの幹部たちとは変若水を飲んだ日以来会っていなかったが、どうやら普段通りに暮らしているようだった。千鶴ちゃんも変わりなく過ごせていると聞いて安心した時、


「…っ!!」
「?」
「ぐっ、…!」
「?!名前さん!」


羅刹の吸血衝動が私を襲う。悲鳴に近い叫び声で私の名を呼んだ千鶴ちゃんは崩れ落ちる私を咄嗟に支えてくれた。白くなった私の髪の毛を見て何が起こったのか悟ったようで、誰かに助けを求めようと辺りを見回す。だが人は見当たらず、自らの血を与えようと小太刀に手を掛けた千鶴ちゃんを私は慌てて制した。


「だめ!!」
「でもっ」
「いいから!」


鬼は傷が直ぐに治癒するからといって自分の体を他人の為に傷付けて良い訳がない。そんなことさせてたまるか。そんな一心で彼女の手を、震える手で抑える。けれど、余りにも激しい衝動に絶えきれなかった私は、千鶴ちゃんの声を耳にそのまま意識を失った。


――


「ごめん、平助」
「…」


目を覚ますと傍らに座った無表情の平助が静かにこちらを見ていた。怒っているのが一目瞭然で分かる。千鶴ちゃんから全てを聞いたんだろう。きっと、ここまで運んでくれたのは平助だ。


「名前は何もわかってねぇ」


私がお礼を言っても謝っても無言を貫き通していた平助は、普段より低い声音で呟く。彼の言う私が“わかってない”ことは羅刹のことだと直ぐに理解出来た。


「私は分かってるつもりだけど」
「わかってねぇよ!!」


平助は怒鳴り声を上げる。羅刹にとって避けられない衝動に、何をそんなに怒る必要があるの?最近の平助は理解出来ない。


「全然わかってない…」
「…何が言いたいの」
「羅刹になるとこんな事ばかりなんだぞ?!!」
「それくらい知ってるよ」
「じゃあ何で羅刹なんかになっちまったんだよ!!」
「!!」


平助がこんなにも怒る理由。それは、“私”が羅刹になってしまったからだった。


「おまえには…、名前だけは羅刹になって欲しくなかった…!」
「へ…すけ、」
「おまえにはこんな苦しみ知って欲しくなんてなかった…」


その言葉で気付く。平助はいつだって私を一番に考えていてくれていたことを。自分が味わった羅刹としての苦しみを、決して私が味わうことのないようにと思っていたのに。それを私は自分勝手だの彼を悪く言って、勝手なのは私だったじゃないか。自分の馬鹿さ加減を呪いたくなる。


「ごめん、平助ッ…ごめん…!」


辛そうに顔をしかめた平助を見てたら胸を締め付けられる思いで。私の目から大量の涙が溢れ出して両手で顔を覆った。


「…ッごめん、ごめん。せっかく平助が!うっ、羅刹にならなければ良かった…っ!」
「…もういいよ。もういいから、泣かないでくれ。…本当はさ、羅刹になんてなって欲しくなかったけど、生きててくれて良かったとも思ってるんだ。可笑しいよな」


困ったように笑った平助の大きな手が頭をゆっくりと撫でて、その優しい手つきからは彼が私を大事に思ってくれていることが伝わってきた。


「平助は…優しすぎるよ」
「名前限定だけどな」
「…馬鹿」


彼の想いを羅刹になる前の私が知っていたらここには居なかったのかな?ただ世の中を憎んで死んでいたかな。答えは出なかった。けど今生きていることが答えだとしたら、私は羅刹としてただ力を振るうだけ。これから太陽を拝めなくても、日差しを浴びれなくても、羅刹の最期が奈落の地にあろうとも。


彼がいるなら、悪くない。なんて思う私も、大概馬鹿なのかもしれない。



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