城のほとんどの者が寝静まった深夜の長い長い廊下を歩く。仕事がうまくいかず予定より帰りが遅くなってしまった苛立ちを抑え、自分の私室に向かう前にとある部屋の前で足を止めた。
この部屋の住人はきっと眠ってるだろうから、起こさぬようそっと扉を開ける。
部屋の奥にある備え付けのベッドで静かに眠る名前。布団がはだけて白く長い足が投げ出されている。昼間は暖かいとはいえ夜は少しばかり寒いし風邪を引かれては困る、と布団を掛け直してやった。
ったくカーテンも閉めずに寝やがって…。溜め息を吐いてベッドの縁に腰掛け、すやすやと眠る名前の顔を覗き込んだ。顔色が優れないように見えるのは、月明かりに照らされてるからだけではないだろう。血色の悪い頬に触れると驚く程冷たく、まるで死んでいるような錯覚に陥った。

名前の、ルフがいないと生きられないという世界で類を見ない不思議な体質は、名前に多くのことを我慢させてきた。外出や魔法の使用。これらは全て親父たちにより禁じられていることを名前は多分知っている。俺もそれが命の危険に繋がると理解した上でキツく言い聞かせているが、俺自身がどうも腑に落ちないでいた。
親父たちは名前に執着し過ぎだと思う。何の力もない女を、何故俺という監視を付けてまで組織が一丸となり重宝するのか。それとも名前に何らかの力があって様子を見ているのだとしたら。



「はっ、まさかな」



親父たちが求めるのは暗黒、堕転。こんな平和ボケしたような奴が堕転などするわけがない。つーか俺がさせない。

触れていた頬にそのまま指先を滑らせれば、名前はくすぐったそうに少し身動いだ。その姿に自然と溢れる笑み。
気が付くと俺にとって名前は、俺が思ってる以上に大事な存在となっていた。らしくないと分かってはいるが名前の前になると色んな自分に気付かされるし、初めての感情を知ってゆく。
弱いのに案外気に入ってたり、名前のために早く帰ってきてみたり、笑顔が見たかったりとかいろいろ。柄にもなく大切にしたいって思ってる。



「…ん、………じゅだる?」
「わり、起こしちまったな」
「へいき」



その気持ちが何なのか、俺にはまだ分からない。
ただ、名前の笑顔を守りたい。俺の手で、守ってやりたいんだ。



「はやかったね」
「予定より一日遅ぇよ」
「あ、れ?」
「いいから寝ろ。調子悪いんだろ」
「…ん。おやすみ、ジュダル」
「おやすみ」



寝惚けていたのかすぐに寝息を立て始めた名前の髪を撫でる。艶のある長い髪がするりと溢れ落ちシーツに広がった。
俺は自嘲気味に笑う。まさかこの俺に、大事な存在が出来るなんてな。

たとえ親父たちが求めるような力が名前の中に眠っていたとしても利用させてたまるかってんだ。名前は誰にも渡さない。親父たちであっても、絶対に。



「俺がお前を絶対に守ってやるからな」


13'0220
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