「名前、起きろよ、なぁ」



腕の中に抱く重みは、いつもなら心地好いはずなのに今日は全然そんな風に感じなかった。ゆっくりと目蓋を下ろした名前は、ぐったりとしたまま動かない。頬を軽く叩いても目を覚ましてはくれず、魔力を一気に失った身体は急激に冷えていく一方だった。著しい体温の低下に、名前が意識を失う度に味わってきた恐怖が今までとは比べ物にならない大きな波となり、より一層"死"を身近に感じさせる。名前が、死ぬ。一番考えたくなかったことが起きようとしている。



俺はずっとずっと前から名前が好きだったんだと思う。いつ頃から好きなのかと聞かれたらハッキリとは答えられないが、自覚したのはわりと最近のこと。恋愛対象として見る前に傍にいるのが当たり前の存在だったから、この感情が家族へ向けるものと異性に向けるものとで区別がつかなかった。今の関係が心地好いのも否定出来ず、ぬるま湯に浸かるだけの日々が続いた。名前は俺から離れられないと確信していた。何故なら運命がそう決まっているから。アイツは俺がいなければ生きていけない。生きるのも孤独を埋めるのもアイツは俺にばかり求める。そうやって名前にとって俺が全てである現状が俺を満たしてくれていた。ただでさえ名前は俺に依存しすぎているのだ。何があろうとも名前は俺から離れないと思ってたし、俺から離れることも有り得ないって思ってた。

あれが起こるまでは。


あの日のバルバットで、チビのマギに見せられた俺の過去の中に、名前の過去を確かに視た。俺がマギだったから起きてしまった惨状。犠牲になった命は十数年の時を越えて重くのし掛かる。

帰国しても気持ちの整理がつかず、柄にもなく思い悩んでいた。自分の知らない過去を事実として受け入れるよりも、名前にどうやって説明するべきかが分からなかった。話せば名前の心が遠くに行ってしまうような気がして、怖くて、言えなかった。
それなのに人の気も知らずに俺を「助けたい」なんて言う名前に対し酷く苛立った。数々の暴言は心にたくさんの傷を負わせてしまったことだろう。



「お前に謝りたいことがあるんだ。話さなきゃなんねぇことも、伝えたいことも山程あるんだ。だから目ェ開けてくれよ…!」



こんなことになるなら、あの時全てを話していれば、怖がらないで打ち明けていたら、名前は今でも隣で笑っていただろうか。
誰よりも守りたかった筈の大切なものを傷付けてまで、俺は何を必死に守ろうとしていたんだ。今となってはそれさえも思い出せない。


なぁ。俺のせいでお前の両親が殺されたって言ったら、お前はどうする。




その時。カシャンと音を立てて名前の首から鎖が落ちた。鎖の先にはくすんだ赤い勾玉のネックレスが転がっている。見覚えのあるそれは、バルバットへ行く前に俺の魔力を溜めてプレゼントしたものだった。あげたことなどすっかり忘れていたが、魔力が切れた今でも名前は身につけてくれていたのだろうか。



『ありがとうジュダル』
『いつも身に付けとけよ』
『うん!』




ネックレスそっと拾い上げ両手で包み込み、心から名前のことを想う。俺にしてやれることはあと一つしか残っていない。きっと名前は怒るだろうけど、俺にはどんなものよりもお前の命の方が大事だから。

この想いは届かないだろうけど、名前の未来が笑顔で溢れてくれたら嬉しい。



「俺も好きだよ、名前」



ごめんな。

こんな馬鹿な俺を、どうか許してほしい。


14'1022
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