「最近は魔導書ばかりを読んでおられますね」



ずっと同じ体勢でいると肩が凝るので少し休憩しようと読んでいた本を閉じると、側で控えていた女官の凛麗が笑みを携えながら言う。



「うん。元々魔法には興味あったから」
「でしたら他の書物をお持ちしましょうか?」
「まだこれを読んでいる最中だから平気よ。ありがとう」



あの日、ジュダルの下に訪れて以来私は部屋に引き籠るようになった。
一日の大半をベッドの上で過ごし飽きもせずに本を読み続ける日がほとんどだが、目覚めてから何をするでもなく外を眺める時もあれば、昼寝をする日もあるし、凛麗と他愛もない世間話をする日だってある。
ただ変わったのは外へ出なくなったこと、仕事をしなくなったこと、……ジュダルと顔を合わせなくなったことだろう。

あれから意図的にジュダルを避ける生活を送っていた。あんなことがあった後にどんな顔をして会えばいいのか分からないし、そもそも顔を合わせる勇気なんてなかった。
また酷い言葉を浴びせられ、拒絶されるぐらいなら会わないままでいた方がずっといい。



「そうだ、名前様。今日は天気も良いことですし、宜しければ私と散歩でもしませんか?」



そして、全てを察した上で何も聞かずに側にいてくれる凛麗。
こうして何気なく気分転換をさせようとしてくれる。私は提案を承諾する旨を伝えるべく小さく頷いた。








見上げた青空はどこまでも広く、吹く風は心地好い。本当に良い天気。花や鳥たちがこの晴天に喜んでいるように見える。ここからでは見えないが城下もさぞかし賑わっていることだろう。

場内はいつも通り静かで心が安らぐ。
それでもふとした瞬間に脳裏を過るジュダルの言葉は、どうしようもなく気持ちを沈ませる。



一人じゃ何も出来ないくせに。



ジュダルの言っていることは全部正しい。私もその通りだと思った。助けてももらってばかりで助ける力を持たず、守られる立場に甘えてきたのは私だ。だからこそ余計にジュダルの言葉が胸に突き刺さったしそれに対して何も言い返せなかった。

それどころかジュダルを助けてあげたい気持ちが逆に彼の迷惑になってしまった。私はどうすればよかったのだろう。何て声をかけてあげれば良かったのだろう。考えても答えは見つからない。





「もぉ!ババアじゃないって言ってるでしょう!」



何を話すでもなくゆったりと歩いていると誰かの声が聞こえた。大きさからして結構近くにいるみたいだ。



「…ぁ」



角を曲がった先に見えたのは、顔を真っ赤にさせて怒る紅玉姫と楽しそうにケラケラと笑うジュダルだった。
少し距離があるため二人は私たちの存在に気付いていない。普段は気配で気付いてくれるジュダルもルフが少ない今の私に気付く様子はなくて、自分から距離を置いているくせにそれが少しだけ悲しいと思ってしまうのは、どんなに傷付いてでも彼の傍にいたいからで。



「名前様…」



凛麗が彼女の着ている服の袖を頬にそっとあてた。布に吸収されていく水分に、ようやく自分が泣いていることに気が付いた。
私は、私には出来なかったことを簡単にやって見せ、隣に並びその笑顔を一身に浴びる紅玉姫が心の底から羨ましいと思った。



「凛麗、わたし……」
「何を言わずとも良いのです、名前様。さぁ、今日はもう部屋へ戻りましょう。あとで書庫から新しい魔導書をお持ち致しますね」



凛麗は子供のように泣く私の手を引いて来た道を戻っていく。遠ざかる二つの声。頭から離れないジュダルの笑顔。

自分から離れることを選んだのにどうしてこんなにも胸が締め付けられるのだろう。


14'0804
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