「俺はシンドバッド。訳あって煌帝国に滞在している。短い間だかよろしくな、名前」



自己紹介の後にスッと差し出された手をおずおず握る。私の手よりずっと大きい手はごつごつしていて硬い。ジュダルの手しか握ったことのない私は、世の中の男性はみんなジュダルのような手だと思っていたから少しだけ驚いた。
驚きのあまり握手したままシンドバッドさんの手を凝視してしまっていたらしく、慌てて手を放す。ごめんなさい。すぐに謝罪の言葉を述べれば、シンドバッドさんは「別に構わないさ」と笑った。なんて暖かさに溢れる笑みだろう。



「君は練家の者ではないようだが?」
「私は………」



そこで「私はアル・サーメンの一員です」と言うのは何故だか憚られた。端から見たら怪しげな組織の一員なのだろうけど。何て答えればいいんだろうか。練家でもないし、何か役職があるわけでもない。悩んだ末、一番納得のいく答えを出す。



「私は神官の補佐官です」
「ジュダルの…?」
「?ジュダルを知ってるんですか?」
「知ってるも何もジュダルとは、」
「?」
「いや……何でもない」



ジュダルとシンドバッドさんはどうやら知り合いらしい。ジュダルは旅の話や世界の話をしてくれるけど彼の名前は一度も聞いたことがなかった。教えたところで会う機会なんてないと思われたのだろうか。



「…ジュダルの補佐官である君なら、俺を知っているのでは?」
「補佐官と言ってもたまに仕事を手伝うだけなんです。シンドバッドさんのことは、話は聞いていたかもしれないですけど名前までは…」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ。ジュダルとは親しい間柄なのか?」
「ええ。本当の兄妹のように一緒に育ちました」



物心がついた頃にはジュダルが隣にいるのが当たり前になっていて、血の繋がりなんてなくても家族のいない私にはジュダルだけがたった一人の大切な家族だった。だからこそ、家族なのに複雑な事情で亀裂の入ってしまった練家のご子息やご息女を見ているのがツラい時もある。私にはいつもジュダルがいてくれる。今は、少し隣が淋しいけれど。



「そうか」
「いつも私が困らせてばっかですけど」



はは、って曖昧に笑って見せたけど、本当に。ルフのこととか組織のこととか、私は一人じゃ何も出来ないから。



「……名前。君は今、ジュダルのことで悩んでるのではないか?」
「え………」



そう言われ、私は顔を上げた。ジュダルよりも少し高い位置にあるシンドバッドさんの顔は真剣そのもので、何で分かったんだろうと私は言葉に詰まった。



「なんで、分かって…」
「さっきの表情と、ジュダルのことを話す時の表情が同じでもしやと思ったんだ。正解のようだね」
「…はい。そっとして置けばいいのかもしれないんですが、何だか落ち着かなくて」



私はシンドバッドさんに最近のジュダルの様子を話した。会ったばかりの男性に悩み事を話して何やってんだろう。でも、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
私は人を知らないから、こんな時ジュダルの気持ちを察してあげることも出来ないのだ。



「ほう。バルバットから戻って以来ジュダルがよそよそしい、と」



小さく頷く。



「ジュダルとは長い付き合いだからそれなりに奴を知っているが、いつもの気まぐれでは?」
「どうでしょうか。初めてのことなので…」
「…君の前ではジュダルはどんな奴なんだ?」
「優しいです」
「ジュダルが…?」



意外だとでも言いたげに目を見開くシンドバッドさん。彼の前でのジュダルは優しくないのだろうか。それでも私の知るジュダルが私にとっての本当のジュダルで優しい人には変わらない。



「なら君がいる時のジュダルを見てみたいものだな!面白いものが見れそうだ」
「?」
「ああ、すまない。こっちの話だ」
「???」
「それで本題だが、ジュダルがよそよそしくなってから君は何か行動を起こしたのか?」
「いえ。どうしたらいいか分からなくて」
「なら先ず行動を起こしてみたらどうだ?色々やってみてダメだったらまた悩めばいい。答えは何も、一つではないからね」



確かに私は自分から行動していなかった。なのに悩んで自分からジュダルを避けて、被害者になったつもりでいた。答えは一つじゃない。ジュダルが元に戻るまでが答えじゃないよね。そうだ。どうしたのって、聞けばいい。余計なお世話だと思われるかもしれないし、詮索されたくないかもしれないけど。



「頑張ってみます!ありがとうございます、シンドバッドさん!」



私に出来る何かがあればいい。


14'0709
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