ついに待ちわびた日が訪れた。今日はジュダルがバルバットから帰って来る日、どれだけこの日を願ったことか。不安や恐怖に押し潰される毎日も今日で終ると思うと疲弊した身体も軽くなる気がした。

神官一同の帰国を待ちわびる者たちが城門前に集まる。整列する兵士たちの一番前でジュダルの帰りを待つ。アル・サーメンに囲まれかなり居心地が悪いがこれもあと少しの辛抱。ジュダルが帰ってくればすぐにでも離れられるとグッと堪えた。



「神官様のお帰りである!一同、敬礼!」



古びた音を鳴らして門が開く。武官、文官、女官が方膝をつき右手の拳を左手で包み込む中でも私は黒を見つめていた。
どことなく疲労が蓄積しているように見えるが目立った外傷もなくむしろしっかりとした足取りで歩く姿に涙が滲む。
やっと会えた。やっとだ。あんなに焦がれた存在が今目の前にいる。ジュダルが死んでしまうのではないかと不安で仕方がなかった。何度泣いただろう。ジュダルのいない夜がこんなにも不安だったのは初めてだった。



「おかえり、なさい」
「…おう」
「怪我は平気?」
「ん」
「生きてて良かった…」
「………」
「?どうしたの?」



私の中で、違う不安が芽生える。
彼は、いつもならここで私の体調を尋ねたり「俺がいなくて寂しくなかったか?」なんて笑いながら頭を撫で回すのに、今は目も合わせてくれない。伸ばす手をあからさまによけられる。ズキリと痛んだ胸を押さえた。



「ジュダ、」
「悪い。俺まだ用あるから」
「あ…、うん……」



言葉を遮られてはそれ以上何も言えなかった。ごめん、と小さく呟いて道を開ける。用があるならこれ以上ジュダルを引き留めてはいけない。バルバットで何があったかも聞けないまま、最後まで視線が交わることなくジュダルは宮内に消えていく。
その後ろ姿をただ黙って見つめていると何故だか言い知れない不安に駆られた。こんなにもジュダルを遠く感じたことは会っただろうか。いつも手の届く距離にいた筈の彼が、今はこんなにも遠い。



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バルバットから帰国してからジュダルと顔を合わせる回数は極端に少なくなった。以前なら用が無くても私の部屋に遊びに来ていたのに、今ではノックの音すら聞こえない。
彼も一応はこの国の神官だから、今までサボっていたお務めが忙しいのかも。そう自分を納得させて、決して開かれることのない扉を眺める。
ジュダルがいないとこの部屋は寂しいまま。私の心に同調するかのようにルフが切なそうに鳴いた。彼からもらったネックレスはすっかり魔力が切れ、ただの装飾品と化してしまっている。それでも肌身離さず身に付けてるのは、どうしようない寂しさを少しでも和らげるためだった。


大きな溜め息が漏れる。最近はジュダルのことを考えて落ち込んでばかりだし、気分転換に散歩でもしようかな。今日は天気も良いし、庭でゆっくりしよう。

廊下に出て外へ繋がる通路を歩く。ここもジュダルとよく歩いたなあって色々思い出して悲しくなる。ねえ、どうしちゃったのよジュダル。私、何かしたかな。



「言ってくれなきゃ、わかんないよ」



泣きそうになるのを堪える。視界が晴れて上を見上げると、一面に広がる青空が見えた。沈んでいる今の私に太陽は眩しすぎる。外に出たのは間違いだったかもしれない。やっぱり部屋に戻ろう。



「やあ、お嬢さん」



来た道を引き返そうとした私を、見覚えのない男性が呼び止める。
腰まで伸びた紫の髪を後ろで一つに括り、きらびやかな装飾品を身につけた見るからに身分の高そうな男性は人の良い笑みを浮かべ私に近寄ってきた。後ろに控えるのは彼の部下だろうか。警戒心丸出しの私を見て困った笑みに変えた男性は私と目線を合わせるようにしゃがんだ。



「こんにちは、可愛らしいお嬢さん。浮かない顔をしてどうしたんだい?」



この時が私と男性ーーーシンドバッドさんとの初対面となる。彼がシンドリア国王であること、ジュダルやアル・サーメンと因縁の仲であること、彼によって語られるジュダルの本性。私がそれらを知ることになるのはもう少し先のお話。


14'0617
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