「ルフ無き娘よ」



聞きたくなかった声に足を止める。振り向きはせず「なに」と返す。自分でも驚くくらい冷たい声だった。



「マギが大怪我を負った」
「…っ!!」



顔を合わせまいと固く結んだ決意はその一言により意図も簡単に崩された。思わず振り向いた先にいたアル・サーメンと目が合う。相変わらず感情の詠めない双方である。大した距離はないのに私は声を張り上げてアル・サーメンに詰め寄った。



「ジュダルは…ジュダルは無事なの?!」
「危機一髪のところで保護したから問題はない。ただ全身の骨がやられている」
「そ、か…でも無事なら良かった…」



生きていることに安堵の息を吐く。アル・サーメンの服を掴む手の力が抜けてだらりと垂れた。
こういう時自分の無力さを思い知らされる。いつだって守ってもらうばかりで、こんな時でさえ側にいてあげられない歯痒さに唇を噛み締める。



「いつ帰って来れるの」
「バルバットの内乱で婚儀が延期になっているから今すぐは無理だ」
「ジュダルだけでもダメなの?」
「マギにもやってもらはねばならないことがある」
「そう…」



何か事件にでも巻き込まれたのだろうか。ジュダルが怪我をするなんて。今すぐにでもバルバットへ行きたい。こうしてる今もわたしは彼に守られ、彼は苦しんでいるのに。



「して、娘よ。身体の具合はどうだ」
「別に平気。このネックレスのお陰で体調はすこぶる良いわ。それに、紅覇様の従者の方々がたまに魔力を別けてくれるから」
「そうか」
「もう行っていい?誰かと話す気分じゃなくなったから、一人にして欲しいの」
「足を止めさせて悪かったな」



早々に立ち去ろうとアル・サーメンに背中を向けた。
目眩がする。そうでなくとも会いたくて仕方ないというのに、気をしっかり保ってないと不安に押し潰されそうだった。早く元気な姿が見たい。



「娘よ」
「……なに」
「身体には気を付けなさい」
「あなたに言われなくても充分気を付けてるから大丈夫。それじゃあ」



今度こそ私は アル・サーメンを向けて歩き出す。嫌悪感丸出しだったがそんなの気にしてられないくらい今の私には余裕などない。

足早に去る私の後ろでアル・サーメンが怪しい笑みを浮かべていたことなど知る由もなく、既に狂い始めた歯車がキシキシと音を立てながら徐々に私に襲い掛かろうとしていた。



それから数日後の朝。凛麗から紅玉様がお帰りになられたと聞かされた。いろいろあって婚約破棄になったらしい。門まで出迎えに行くと兵士や待女に囲まれ心なしか機嫌の良さそうに歩く紅玉様が見えた。紅玉様は私に気付くと小走りで駆け寄ってきて私の手を取り「また一緒に暮らせて嬉しいわ!」と微笑む。それに微笑み返すが胸の奥の違和感は消えなかった。だって、ジュダルの姿だけが見当たらない。



「姫様、ジュダルは?」
「ジュダルちゃんは、」
「怪我してるって、聞いたんです。側にいてあげないと」
「バルバットで療養中だから平気よ」
「違う、違うんです。私が側にいたいんです。お願いです姫様、私をバルバットまで連れていってください」
「落ち着いて名前。ジュダルちゃんなら大丈夫だから安心して。ね?」
「ジュダル…っ!」



落ち着かせるような優しい声に素直に頷くことは出来なかった。大丈夫ならどうして一緒にいないの。怪我してるのになんで帰って来ないの。早く帰って来て。帰って来てよ。お願いだから。顔が見たいよ。あいたいよ…っ。

泣きじゃくる私の背を、姫様の手が撫でる。
ジュダルの笑顔が浮かんだ。


14'0124
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