「……!」



今日は大事な日だから昨日は早く寝たのに、よりによって寝坊だなんて…!
自分で起きれるから。と凛麗を来させないのがここに来て仇になるとは……

なんて後悔してる余裕などない。私は過去最速のスピードで身支度を整えて城の門へと急いだ。








「遅えぞ名前!」
「ご、ごめんなさいっ」
「ったく忘れてたんじゃないだろうな?」
「寝坊、しました……」
「はぁ?寝坊!?」
「ごごごごめんなさいぃ!!」
「お前にとっては大事な日だったんだろ。寝坊とかマジ抜けすぎ」



ジュダルに額を小突かれ顔の前で両手を合わせ謝罪をする。まったくそのとおりなのでなにも言い返せず項垂れる私を、ジュダルはけらけらと笑った。
と、そこで横から名前を呼ばれ、そちらに振り向く。紅玉様だった。
今日の私の目的は、バルバットに嫁ぐ紅玉様を見送ること。
浮かない表情の紅玉姫。今回の婚姻は、国を離れることも含め姫様の本意ではないことは、ここにいる誰もが知っていた。しかし誰もが皆彼女の幸せを願ってもいる。



「ここも淋しくなりますね」
「たまには帰ってくるから、そんな悲しそうな顔しないでちょうだい。一生の別れではないんですもの」
「そう、ですね」
「姫君。そろそろ…」
「…わかってるわぁ」



後ろで控えてい夏黄文が姫様の耳元で呟く。あぁ、もう時間なのね。私は一歩下がって深々と頭を下げた。
これまでの感謝と、これからの幸福を祈るように。

絨毯に乗る姫様の背中をじっと見ていると、隣にジュダルが立つ。



「これやるよ」
「え?」



チャリ、と音を立てて懐から出したのはジュダルの瞳の色によく似た赤い勾玉のネックレス。突然の贈り物に目を瞬かせる私に、慣れない手つきでネックレスをつけるジュダル。首に手が触れてくすぐったい。



「もしもの時のために俺の魔力を蓄えておいた。今回はいつ帰って来れるか分かんねーけど、それがあればしばらく大丈夫だろ」
「ありがとう…。急にビックリした。贈り物なんて初めてだから」
「これでもお前に似合いそうなの選んだんだぜ。…本当はもしもなんて無い方がいいんだけどな」



ジュダルは複雑そうな顔をするが、遠征の仕事に私は連れてけないからこうするしかなかったのだ。それでも私はこの贈り物をとても気に入ったのだし、そんな顔しないで欲しい。



「ありがとうジュダル」
「いつも身に付けとけよ」
「うん!」
「で?お礼は?」
「へ?」



にこにことてのひらを差し出してきたジュダルの手と顔を交互に見て首を傾げる。もしかして見返り目当てで贈り物を?それなら私のあの喜びを返してほしいものだが、生憎私にはあげられるものなど持っていない。



「あー物は邪魔になるからいいよ」



物じゃなかったらそれこそ何をあげれば良いのか。誰かに贈り物をしたことなど一度もないから困った。物じゃなければなんだ。ジュダルは何が欲しいんだ?



「そんな難しく考えんなよ。ほら」



ここ、と指先で自分の頬を差す。
まさか…。ほっぺにキスしろ、とでも言っているのだろうか。



「無理っ!」
「だめ。逃げんな」



後ずさりする私の腰を掴み引き寄せられてしまえば私はもう逃げられない。キスされる気満々な顔で私を見下ろすジュダル。
いつもはこんな要求してこないのに!!



「は、恥ずかしいよ」
「いーから」
「みんなが見てる…っ」
「俺で見えないからへーきだって」
「〜〜っ!い、一回だけだからね!」



ちゅ。一瞬触れただけの短いキス。それだけなのに顔が熱くなる。というか要求したくせにどうしてジュダルまで真っ赤になってるのよ…。



「あーやべぇ。行きたくねー…」
「だっ、ダメよ」
「んなの分かってるよ。しばらく会えないから、充電」
「ん。気を付けてね」
「ああ。名前もな」



スッ、と離れていく大きな背中。その背中越しに見えた泣き出しそうな紅玉様を、私はへたくそな笑顔で見送った。


13'1012
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