「名前」



誰かに名前を呼ばれた気がしてふと目を覚ます。ぼんやりとする視界には見慣れた自室の天井と心配そうな顔が一つ。珍しく目尻に涙を溜めながらとても驚いた表情で私を見てる。…ジュダルだ。
ジュダルは安堵の溜め息を吐いたあと私の髪をくしゃっと撫でる。
倒れる前のことはあまりよく覚えてないけど、体調の感じからして熱も出ているみたいだった。身体は怠くて重いし、激しい頭痛に頭がぼーっとする。再び寝てしまおうかと目を閉じたけど喉の渇きが酷くジュダルに支えてもらいながらなんとか起き上がって水を飲んだ。



「まだ飲むか?」
「ううん。平気よ。ありがとう」
「……熱はまだあるな」
「ん、そうみたい」



ジュダルの顔がすぐ目の前まで近付いたと思うと額と額がぶつかった。私の体温が熱いからなのか彼の肌は少しひんやりしていて気持ちがいい。間もなく額が離れると同時に冷たさも失われた。すると頬に大きなてのひらが触れて、指先が頬を滑り落ち、そのまま肩を掴んで引き寄せられジュダルの胸板に倒れ込んだ。
それから口を開かなくなったジュダルを不思議に感じて腕の中から彼を見上げれば、揺らぐ赤い瞳と視線が重なる。見たことない表情に胸がきゅっと掴まれた気がした。



「心配、した」
「…ごめんね」
「お前三日も寝てたんだぜ」
「そんなに?」
「全然目覚まさねぇし、死ぬんじゃないかって思った」
「…風邪ぐらいじゃ死なないよ」
「こんぐらいの風邪でも死んじまうんだよお前の身体は。いつまで経っても全身冷たいまんまだし、呼吸も不規則で浅くて……」
「…、……ごめん」



ジュダルは首筋に顔を埋め何度も何度も深呼吸を繰り返す。その際息が首にかかりくすぐったくて身を捩るが、強い力で抱き締められていてなかなか身動きが取れない。けれど全然苦しくないのは力加減してくれてる優しさのお陰。でも今までこんな甘えてくることは無かったから、その、なんというか、恥ずかしくて熱が上がりそう。



「ジュダル…」
「あの時、お前を失うと思ったら…すげぇ怖くなった」
「え……?」
「ほんと、情けね」
「………」



身体を震わせる彼の姿は、私を抱く逞しい腕に似合わずとても弱々しかった。
きっと、私なんかが想像出来ないくらいの恐怖に怯えながら、ずっとずっと私を心配してくれていたんだね。
ぽたり。肩に一粒、雫が落ちる。



「私もジュダルが死んじゃうかもしれないって思うと凄く怖い。…でもね、私はそんな自分を情けなくなんて思わないよ。だって人間一つぐらい怖いものがあって当然だもの。だから大丈夫。ジュダルは情けなくなんてないよ。だって、誰かのためにこうやって泣けるんだもん。貴方は優しい人だよ」



だからもう泣かないで。
いつか彼が私に言った言葉を、ジュダルの首に腕を回して抱き締めながら言う。
ぽたぽたぽた。涙は止まらずに落ち続けてくる。初めて見る、ジュダルの涙。こんなに綺麗な涙を流す人を見るのは初めてだった。周りを飛ぶ黒ルフたちもいつもより穏やかに宙を舞っているように見える。まるで私たちの心を表しているかのようだ。
今度は私がジュダルの首筋に顔を埋めて大きく息を吸う。ジュダルの匂いを嗅ぐと昔から安心する。
途端に忘れていた睡魔が押し寄せてきた。



「もう絶対に無理しないって約束しろ」
「うん。約束」
「絶対だからな」
「ん……」



段々うとうとし出し、力が入らなくなって全体重をジュダルに委ねた。
眠ってしまう前に言っておきたいことが一言だけあり、重い瞼を無理矢理抉じ開けてジュダルの手をそっと握る。



「ジュダル、ただいま」
「おかえり。名前」



ぎゅっと繋がれた手に笑みをこぼし、彼の声を子守唄代わりに私は瞳を閉じた。


13'0319
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