「………」



今日の分の仕事を終え、陽の当たる中庭に寝転んだ。思い出すのは、この間の、図書館に行った日の事。

「今日のことは誰にも言うな」
「分かった。言わない」
「特に親父たちには絶対だ。いいな?」
「理由…、聞いてもい?」
「お前を守るためだ」


これはその時ジュダルの部屋で桃を食べ、それから自分の部屋に帰る間際に交わしたもの。本人が言ってほしくないなら誰にも言うつもりはないが、ジュダルはアル・サーメンとよく他国へ出掛けているし、何やら難しい話をしてるのを頻繁に見掛けるので真っ先に私のことを報告するものだと思ってた。
それがまさか、一番に彼らを警戒しているなんて。



「アル・サーメン……、」



彼らに明かしたところで何かが変わるとは到底思えないのだけれど、彼の表情から察するにジュダルなりの考えがあるのだと思う。

思えば私には分からないことだらけだ。
力のない私がアル・サーメンに引き取られ、そして生かされている理由も、ジュダルが彼らを警戒してる理由も。それに守るって、一体何から守るの?

もしかして、ジュダルは何か知ってるの?

そう思うと、自分だけが無知でいることが急に恐ろしくなった。



「分からない…」
「何が?」
「!?」
「よっ、名前!こんなとこで何してたんだ?」
「………ジュダル、」



影が空を遮り視界に現れたのはジュダルだった。寝転ぶ私の頭上でニコリと笑う。手には桃が二つ。私と食べようと思って今まで探していたらしい。手を伸ばして桃を受け取り、ジュダルが私の隣に寝転がるのを目で追う。行儀悪いから起きて食べなよ、と注意するも、ジュダルはこんぐらいいーよと笑って桃を一口かじる。



「?食わねーの?」
「え?あ、うん。食べるよ。食べるけど…」
「…?」
「………」
「どうした?」



シャリ、と桃をかじる音。空を見上げたままの私。気持ちとは裏腹に視界いっぱい広がる青空にひどく泣きたくなる。
横から感じる視線にジュダルの方に顔を向ければ、私を見つめる真っ赤な瞳と目が合う。その目に促されるように私は口を動かしていた。



「私が、ここにいる意味を考えてた」
「…」
「煌帝国は、強い人以外はいらないんでしょう?」
「んー…まぁ、そうだな」
「どうして私は生かされてるのかな…」
「………」



ジュダルは何か知っている。直感でそう思った。



「どうしてジュダルは組織を警戒しているの?私が生かされてる理由と何か関係があるの?」
「それは、」
「ジュダルは、何か知ってるの?」
「……」
「考えれば考えただけ分からなくなる…」
「名前……」
「怖いよジュダル、無知は怖いよ…!」



どうしようも出来ない感情にぽろぽろと涙が伝った。自分のことなのに何も分からないのが恐ろしい。声が震えて嗚咽が漏れる。苦しくて苦しくて、悲しい。
上体を起こして私の顔を覗き込むジュダルの指先が濡れた目元に触れる。真っ赤な瞳が僅かに揺れているのは気のせいじゃないだろう。



「悪い。今はまだ何とも言えない。俺も全てを知ってるわけじゃねんだ」
「わたし、死にたくない…!」
「大丈夫だ。俺がお前を守ってやる」
「…うんっ」
「だから、もう泣くな」



ジュダルは私を起き上がらせるとそのまま抱き締めた。あやすように背中を擦られ、少しずつ落ち着きを取り戻していく。不安な時、誰かにこうやって抱き締めてもらうだけで不思議と心が安らぐ。
それでも私はこれからも同じように見えない不安に駆られては恐怖にひとり身体を震わせるのだろう。


13'0307
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