「約束だよ」そう言って絡めたお互いの小指。

赤くなった目許と、鼻にかかった声。

泣き崩れる彼女を見て、もうしないと心に誓った筈なのに

俺は同じ過ちを繰り返してしまった。


付き合いたての頃。最愛の彼女と大喧嘩をした時、一度だけ他の女性と関係を持ったことがあった。ムシャクシャしていたのもあってか、彼女に対する罪悪感なんてものは微塵も感じなかった。浮気なんてすぐバレると分かっていたのに、俺は自分を止められなかったのだ。
結果、彼女を酷く傷付けてしまった。原因となった喧嘩だってほんの些細な事だったのに、それに腹を立てて取り返しのつかないことをして。怒る代わりに泣き崩れた彼女を見て、二度としないと誓った、筈だった。


「ねぇ涼太ぁ、いつになったら遊んでくれるのぉ」

「んーいつっスかねー…」


放課後。俺はある女と二人っきりで誰もいない教室にいた。彼女が出来る前によく遊んでいた女だ。こいつは俺が彼女とうまくいってないと思ってるようでやたらと猫なで声で誘ってくる。確かに彼女とは部活や仕事の都合で一緒にいられる時間は減っている。けど別にお前が思ってるほどマンネリ化してるつもりはない。キスとかそれ以上のことは最近全然してないけど。


「涼太、キスしてよ」

「無理。俺彼女いるんスよ?」

「でもさ、最近一緒にいるとこ見ないし、倦怠期?とか思っちゃってさぁ」


は?んな訳あるか。ラブラブだっつーの。というか近すぎ。正直離れてほしい。と思っているのに、彼女とはまた違った雰囲気を醸し出す目の前の女に、少しずつ俺の理性に魔が差してきているのは明らかだった。楽しそうに口許に笑みを浮かべる女の顔が近づく。駄目だと分かっているのに、俺は自分の唇を女のそれに重ねていた。ああ、やってしまった。以前と違うのは膨大に膨れ上がる彼女への罪悪感。その時だった。ドサリ、何かが床に落ちる音。咄嗟にそこを見ると、無表情の彼女が閉め忘れていたドアから俺を見ていた。


「あ、これは…」


言い訳なんて、通用しない。これは彼女に対する裏切りも同然なのに。


「邪魔してごめんなさい。部活終わって忘れ物に気付いてたまたま通りかかっただけなの。もう帰るから、続けて」


彼女は落ちたカバンを拾い上げ、逃げるように走り去った。急いで俺もその後を追う。足なんて男の俺の方が速いに決まってるからすぐに追い付き、その細い腕を掴んだ。彼女はこっちを一切見ようとしない。


「あの時の約束覚えてる?」

「……うん」

「私はね、涼太くん。あの時絡めた小指がほどけたら、私たちの関係は終わるってずっと思ってたの」

「なんで、」

「理由なんてないよ。ただ、涼太くんから外されるとは…思わなかったなぁ」

「あれは違」

「違わなくない」


未だに前を見たままの彼女。この腕を掴んだ時にいっそのこと振り払ってくれれば無理矢理にでも引っ張って腕の中に閉じ込めることだって出来たのに。こんな時でさえ、彼女は優しい。


「違わなくないよ…」


もう、どうすることも出来ない。俺が俺自身の手で壊した、大切な関係。

俺の手からするりと彼女の腕が抜ける。やっと振り向いてくれた彼女の顔を見て、心臓がキリキリ痛み出した。
彼女は笑っていた。泣きながら、笑っていた。


「っ…ごめん。でも、俺はまだ好きだから、」

「私は大好きだった、よ。さようなら、“黄瀬くん“」


最後まで彼女は笑っていた。
俺たちの脆い関係をあの指切りが繋いでいるともっと前から気付いていたら、もう少し違った未来があったのだろうか。せめて、あの日のように泣いてくれたら、最後に抱き締めることが出来たのに。


彼女と過ごした日々を思い返して、少しだけ、泣いた。

笑うことなんて出来なかった。




12'1008
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