廊下を歩いていたらいきなり天井からばあと現れたおなまえに驚きぎゃあと叫べば、隣を歩いていた曹丕が怪訝そうに司馬懿を見た。
「如何した仲達。疲労が溜まってとうとう気が狂ったか」
「…私は狂ってなどおりません、子桓様」
「そうだぞ!先生に向かって何言うんだこのやろう!」
聞こえないことを良いことに曹丕に近づき暴言を吐くおなまえを睨みつければ、茶目っ気たっぷりにばちんと片目を瞑られた。
「この私を睨みつけるとは、随分と偉くなったものだな、仲達よ」
「あ、いえ、それは…、」
そこで司馬懿は言葉を詰まらせた。正確には曹丕の後ろにいるおなまえであるが、おなまえの見えない曹丕にそれがわかる筈もない。
「あばばばばば〜」
無表情の曹丕の周りをおなまえが馬鹿面で飛び回るその異様な光景に、司馬懿は笑いそうになるのをひたすらに耐えた。
「何が可笑しい」
「い、いえ…フ、フハハ、何でも…」
飛び回るのにも飽きたのか、今度は曹丕の後ろに隠れ込んだ。
「私は曹子桓。曲がったことが嫌いな性格だ。趣味は裁縫、好きな言葉は一期一会だ」
声を低くして曹丕に真似ているつもりだろうが、全然似ていない。しかし明らかに曹丕が言わないであろう台詞に、本人を前にして笑いを堪えるのはなかなかに大変であった。ちまちまと裁縫をする曹丕を想像するとあまりにも似合わない。
「趣味の裁縫を生かそうと、この間甄に私手作りの下着を贈ったのだが、気持ち悪いと振られてしまった」
「き、貴様…いい加減にせんか…」
「だが私は甄を愛している。そして仲達よ、お前はおなまえを愛している」
「なっ!誰が貴様を愛するなど…この馬鹿めが!」
言い合う二人に挟まれた曹丕は訝しげに司馬懿を見つめた。曹丕にはおなまえの存在は解せぬのだから当然だ。とうとう仲達も疲労が限界らしいと曹丕は心から司馬懿を哀れんだ。
「仲達よ、とうとう幻覚まで見えるか。よかろう、今日は休むがいい」
「ち、違います子桓様!私は断じて狂ってなど、」
「アハハ、やっぱり先生をからかうのが私の生き甲斐です」
楽しそうに笑うおなまえに後で覚えていろと思い切り睨みつけ立ち去る曹丕を追いかけた。