「―――ん…い」
白濁した意識の中に小さく響く、音。
「先生」
どんどん大きく響いてくるこれは、ああ。これは、あやつの声だ。もう聞けることはないと思っていた、あやつの声だ。
「お・き・て」
起きないと…ぶっちゅー、ですよ。続けられた言葉にとてつもない寒気に襲われ、かっと目を見開く。
「ありゃ、起きちゃった、残念」
至近距離でへらりと笑い舌を出すのはおなまえである。そのおなまえの向こうには見慣れた天井。つまり、透けている。
「御早う御座います、先生」
「…なんだ、私はまだ夢をみているのか」
「いやいや、夢じゃないですよ」
「私は死人が見える能力など持ち合わせてはいないし必要もない」
「今日も今日とておなまえは先生をお慕いしておりますよ。祝言はいつになさいますか」
「…死人と祝言などできるか、馬鹿めが」
噛み合わない会話をしていく内に意識がゆっくりと覚醒してくる。昨日のは夢ではないようだ。夢であってくれと願っていたが叶わなかったらしい。
「天にも見放されたか」
「大丈夫ですよ先生。私は何があっても先生を見放したりなど!」
貴様のことなんぞどうでもいいと溜め息混じりにそう言えば、先生って本当に照れ屋さんですよねそんなところも好きですけど、なんて言ってくるものだから、司馬懿は頭を抱えたくなった。
「先生、今日も執務があるのでしょう?」
「当然だ。貴様、邪魔する気ではあるまいな」
「まさか!ほら、この体ですから邪魔したくてもできませんて」
透けた手をぶんぶん振りながら締まりのない笑顔を浮かべるおなまえを睨みつけるが、おなまえはそんなことは気にも止めない様子で自分の手をまじまじと見つめた。
「あーでも、この体だと先生に抱きついたり頬つついたりできなくなるんですねえ」
「しなくて良いがな」
「やですよ。おなまえは一日に五度は先生と会話もしくは抱きつかないと死んでしまいますから」
貴様はとうに死んでおろうが。司馬懿は今度こそ頭を抱えた。