あれからシナモンを入れて作ってみたクッキーは自分が作ったとは思えないほど美味しかった。伯母さんにも褒めてもらえた。次はブッシュ・ド・ノエルに挑んでみようかなんて言ったら、おじさんにはまだ早いと言われた。それもそうだ、あれは調子に乗りすぎたと反省する。おじさんはいつも厳格そうな表情をしててお菓子のこととなるととても厳しい。けれど、時々見せるしわくちゃな笑顔がすごく好き。伯母さんは時間があれば色々教えてくれる、お母さんみたいにあったかいひと。わたしは本当にしあわせ者だとおもう。お父さん、お母さん、わたしはなんとかやってます。
昨日作ってみたブラウニーを口に運ぶ。店番中だけどこっそりだ。…少し甘すぎるかな。なんて思っていると、チリンと来客を告げる音が鳴る。慌ててブラウニーを置いていらっしゃいませと声を掛けようとした口は「い」のまま止まってしまった。

「やあ、お久しぶりですな」
「あ、シナモンおじさん…!」

また会えましたななんて笑うおじさんは、一週間程前に公園でシナモンの助言をしてくれたおじさんであった。あれからシナモンおじさんと呼んでいたのでつい口に出てしまった。おじさんはきょとんとしたあと柔らかく微笑む。それがあまりに綺麗なものだから頬に熱が集まっていくのがわかった。

「ふ、私は張遼という」
「張遼、さん」

ようやく知ることの出来た名前を小さく呟いてからあっと声を上げ店の奥へ行く。二階をかけ上がって目当てのものを取り出し持っていくと、張遼さんは店のケーキを眺めていた。

「あの、ハンカチありがとうございました!」

そう言って差し出せば、別に返さずとも良かったのだがと笑いながら言われた。

「あの、どうして此処に?」
「箱に店の名前が書いてあったのでな」
「ああ、シュークリームを渡したときの」
「あのシュークリームは大変美味であったのでな、ぜひまた食べてみたいと今日参ったのだ」

それに、そなたにも会えると思ってな。そう言って微笑む張遼さんに私の心臓は今世紀最大のジャンプをした。ぜったい顔は真っ赤だろう。

「な、なにになさいますか?」

照れ隠しにそう訊ねれば裏返った声にさらに熱が集まる。くつくつとひとしきり笑った張遼さんは、並んでいるケーキを眺める。

「ふむ。とりあえずシュークリームだな、あとは…モンブランとチーズケーキをいただこうか」
「は、はい!かしこまりました」

わたしが好きなのばかり頼むので、もしかして好みが合うのかもなんてケーキを取り出しながらぽつりと考えた。

「ところで、そなたの名は?」
「え?あっ」

そういえばまだ名乗っていなかった。うああ教えていただいたのに自分は名乗らないとか…!自分の礼儀のなさに慌てて汐音ですと告げれば、張遼さんは汐音か、良い名だななんて頷きながら言うものだから顔の熱はまだ冷めそうにない。レジを打って値段を告げればえらく高そうな財布が出てきたものだからおったまげてしまった。張遼さんって何者なんだろうか。

「どうですかな?最近の調子は」
「えっあ、最近はブラウニーを作ってみました」
「ほう、ブラウニーですか」
「はい、でもすこし甘くなっちゃいましたけど…」
「ならば、抹茶ブラウニーなど如何か。甘さも抑えられよう」
「抹茶…ですか!おいしそう!」

張遼さんって色々教えてくれるなあと関心しながらお待たせしましたと箱を渡す。

「では、抹茶ブラウニーを作った暁には、ぜひ私に食べさせていただきたい」
「えっそんな、ちゃんと作れるかわからないし…私なんかより伯母さんや伯父さんのほうが」
「私は汐音が作ったのを食べたいのだ」

ふ、と微笑んだ張遼さんは私の頬へと手を触れる。どうやら店番のときにこっそり食べたブラウニーが頬についていたらしい。礼を言ってティッシュをとろうとしたら、張遼さんはそれをそのまま口へと運んだものだから、何も言えずに固まってしまった。

「ふむ、確かに。甘いですな」

汐音の作った抹茶ブラウニー、楽しみにしておりますぞ。そう言って颯爽と去っていった張遼さんを呆然と見送る。へたりと椅子に座り込めば、食べかけのブラウニーと目が合った。心臓が今までにないくらい速く脈打っていて、自分の手を頬に当てるとひんやりと気持ちよかった。頬の熱はしばらく冷めそうもない。
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