夕暮れ時、公園のベンチに座りわたしは一向に減ることのないクッキーに途方に暮れていた。アーモンドがちょこんと乗った、わたしにとって渾身の出来のクッキー。それをゆっくりと口に運べば、甘すぎて吐き気がした。どうにも伯母さんみたいに上手く作れない、とても店に出せるものではないだろう。じわじわと視界が歪んでいって慌てて目を擦っても、涙は止まるどころか更に溢れてきた。

「如何した」

頭上から降ってきた低い声に、のろのろと頭を上げる。黒いスーツに凛とした顔立ち、髭がよく似合っていて、これぞ紳士といった感じのおじ様であった。わたしの涙を見ると、そっと白いハンカチを差し出してくる。状況が理解できず僅かな間きょとんとしてから、慌ててお礼を告げ受け取る。涙を拭おうと顔に近づければ、洗剤の良い香りがした。

「ありがとうございます。あの、」
「別に礼は良い。それより、如何なされた」

おじさんは眉を下げ此方を見たあと、わたしの手にあるクッキーを見つめた。

「えと、良かったら食べますか」
「そなたが作られたのか?」
「ええと、まあ…はい」

わたしはゆっくりと話し出した。共働きだった両親が事故で亡くなってしまい、伯母に引き取られたこと。伯母はケーキ屋を営んでいること。少しでも役に立ちたいとお菓子作りを始めたが自分は料理はからっきしでなかなか上手く作れないこと。今日作ったクッキーも上手くいかず自分が役立たずに思えて店を飛び出してきたこと。今日初めて会ったおじさんにこんなことを話すのもどうなのかと思ったが、一度話し出せば堰をきったかのように溢れてきた。わたしの話を隣に座り黙って聞いていたおじさんは、ふいにわたしの手元にあるクッキーをひとつ、袋から取り出し口に運ぶ。それを固唾を飲んで見守っていると、しばらく咀嚼した後こくりと喉仏が動いた。

「…シナモンですな」
「へ、」
「シナモンを入れれば良くなるでしょう」

そう言うやいなやベンチから立ち上がりスタスタと歩いていこうとしたので慌てて呼び止める。

「あの!し、シュークリームはすきですか!」
「シュークリーム?まあ、好きですな」

その答えにほっとして、ちょっと待っててくださいと全速力で店に戻る。幸い此処からそんなに離れてはいない。箱にシュークリームを三個詰めてぐちゃぐちゃにならないように気を付けながら走っていくと、その人はまだ待ってくれていた。

「お待たせしました!これ、お礼です!」
「いや、私は感謝されるようなことなどは、」
「そんな、すごく助かりました!今度はシナモンを入れてやってみたいとおもいます」

そのシュークリーム、うちの店で結構人気なんで良かったら食べてください。そう告げれば箱をまじまじと見つめてから、では貰っておこうと微笑まれた。再びお礼を告げて、去っていく背中を見送ってからわたしも店に戻る。店に戻ったらさっそく作ってみようと意気込み握り拳を作ったところで握りっぱなしのハンカチに気づいた。あ、返すの忘れてたや。綺麗に刺繍されたTという文字はイニシャルだろうか、名前を聞いておけばよかったと小さな後悔が残った。
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