「夏侯惇さまのお手は、あったかくて優しいから、すきです」

頬を染めてはにかむ彼女の言葉にぴたり、頭を撫でていた手が止まる。今までたくさんの命を奪ってきた自分の手が、まさか“優しい”とは。

「随分と面白いことを言う」
「…?」

きょとんと首を傾げる彼女に、わからないならいい、と言うと、こくりと首を縦に振った。

「でも、手だけじゃないですよ。夏侯惇さまは、本当に優しいお方ですよ」

そしてそんな夏侯惇さまが私は好き。でも、これは恋愛の類いの好きではない。そんなことは、あってはならない、畏れ多きことだ。司馬懿さまが突然爽やかな笑顔で張コウさまのように舞うくらいには、ありえないことだと思う。

「俺は優しくなどない」
「優しいですよ。私は夏侯惇さまがだいすきです」
「な…っ!」

驚いた顔の夏侯惇さまは、顔を赤くして少しの間固まると、照れ隠しのように私の頭に置きっぱなしであった手でぐしゃぐしゃと撫でまわしてきた。
可愛らしいところもあるんだなあ。ぐわんぐわん頭を揺らされながらもそんなことを思った。

漸く落ち着いたのか、撫でるのをやめた夏侯惇さまは、今度は真剣な表情で此方を見てきた。綺麗な片方の瞳に吸い込まれてしまいそうで、少し俯いた。

「いいか、そんな顔でそういうことを男に軽々しく言うな」
「そ、そんな顔とは…?」

よくわからなくて自分の顔を手でぐにゃぐにゃしてみた。もちろん、どんな顔かなんてわからない。

ハアア、と夏侯惇さまは深いため息をつかれた。ごめんなさい、ばかな私にはわかりません。なんて思ったのも束の間、夏侯惇さまは突然私の両頬をむぎゅっとつねってきた。

「む、にゃにすりゅんですか」

何するんですか、と言ったのだが、通じたかどうかは分からない。私の頬は依然つねられたままだから通じてはいないのか。或いは分かっててやっているのか。
ぐいっとお顔を近づけてきて、あまりの近さに慌てて下がろうとしたが、頬をつねられているから距離を取れない。

「俺以外の男の前でそんなことは言うなよ」

息がかかるほどの距離でそう言われて、慌てて首を縦に振ると、漸く頬が解放された。

「まったく、本当にわかったんだろうな。お前は誰にでもそうやって笑顔で近づくから、危なっかしくて見てられん」
「ん、でも夏侯惇さま以外には、言いませんよ?」

途端に顔を真っ赤に染めた夏侯惇さまは、再び手を伸ばしてきた。また頬をつねられるのかと身構え反射的に目を閉じたが、その手は頭にぽんと優しく乗っかった。ゆっくり目を開けると、すごくあったかくて優しい目をして微笑んでいる夏侯惇さまがいて、初めて見る表情に目をぱちくりさせる。こんなに優しい表情、今までみたことがあっただろうか。その表情に、どくんと何処かが脈打った。ああ、これ、司馬懿さまが張コウさまみたいに舞を踊り出しちゃったかも。

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