「我は名前。忙しい中わざわざ来てやったのだ。感謝せよ」
「お、おう」
「財布を忘れた。おごれ」
「はい…」


喉が渇いたので水に手を伸ばせば、その手はパンケーキにこれでもかというくらいに蜂蜜をかけていた元就によって弾かれた。店内は女性客が多く、そんな中に男二人、しかも容姿もいいものだからなかなか目立っていた。何が悲しくてこんなところに男同士で来なければないのか。何故だか虚しくなって元親は天井を仰いだ。
そもそも、どちらかといえば女性向けのこの喫茶店に男二人で来たのにもそれなりの訳がある。


***


「何処だよ、甘味屋って」


人通りの少ない路地で、元親は途方に暮れていた。方向音痴では決してない。学校が終われば政宗たちと街に繰り出してよく遊ぶし、むしろ街には詳しいほうである。そんな自分にもまだ知らないところがあるのかと妙に実感したが、まあ、詰まるところ迷子なのだ。手に握られたメモはくしゃくしゃで、無駄に達筆な字でたくさんの菓子名が並んでいる。「苺大福三十個」からはもう目を通していない。ただ、財布が寂しくなることだけは分かった。


「元就のやつ、やけにすんなりレポート手伝ってくれんなと思ったが…こりゃ喰わされたな」


悔いたところでどうしようもない。おかげで留年を免れたのだからこれは仕方がないことだ、そう言い聞かせなければやっていけない。チッと舌を打って周りを見渡すも、甘味屋らしきものは見当たらなかった。メモに書かれた店の名前は難しい漢字で読めない。クソ野郎、地図くらい書きやがれと心中で呟く。口に出したら殺されることは体が無意識に認知しているのだ。よくできたもんだ、自分の体は。


「あ、あの…」
「あァ?」


声に振り向けば、女はびくりと肩を揺らす。いくら苛々しているとはいえ、この態度はあんまりであった。八つ当たりしてどうする、野郎ならまだしも相手は女だ。うっすらと涙目になっている彼女にすまねえなと謝れば、ふるふると首を横に振る。栗色の髪がふわりと揺れた。どうにも初めて会ったような気がしないとまじまじと女の顔を見る。ぱちりと大きな目元、長い睫毛、すっと通った鼻筋。なかなか整った顔立ちで、心なしか誰かに似ている気がした。
居心地が悪そうに身をよじったのを見て、はっとする。そりゃいきなりじろじろ見られたら誰だっていい思いはしないだろう。


「あ、いや、すまねえな」
「い、いえ…。あの、もしかして甘味屋をお探しではないですか?」


場を取りなすように告げた彼女の予想外の言葉に、思わず目を見開く。
知ってんのか!?と身を乗り出すと、彼女はびくりと体を揺らした。


「は、い。あの甘味屋、入り込んだところにあるものですから、迷う方が多いんですよ。良かったらご案内しますが」
「ああ、頼む!」


助かったぜと礼を告げれば、彼女は小さくはにかむ。それがあまりに可愛らしくて顔に熱が集まるのを感じた。それを誤魔化すように話題を振る。


「あんたはよく行くのかい、甘味屋」
「ええ。兄によく頼まれるんですよ」
「へえ」
「でも昨日、暫くはいらん、なんて言うんですよ。なんか悪い顔してたから少し不安ですけど」


それが彼女との出会いであった。彼女が毛利の妹と知ったのは、大量の甘味を彼の家に届けた際に再び出会ったのがきっかけだ。


***



「思い返してみりゃあ、あれが一目惚れってやつだったのかもなァ」


あれからあの笑顔がずっと頭から離れなかったのだ。ぽそりと呟けば、気持ち悪いと彼女の兄の声。
彼女が好きなのだと相談したところ、珍しいことに協力してくれることになったのだ。名前は男が少し苦手らしい。そんな彼女と週末映画に行くことになったのも元就のお陰だ。今日はその特訓とやらで元就は名前役を買って出て、今現在に至る。それにしてもと、携帯をカチカチといじっている元就をぼんやりと眺める。穏やかな名前とは対照的な元就。本当に血が繋がっているのかと疑ってしまう。とは言えどことなく雰囲気が似ているものだから、少しドキドキしてしまうのは内緒だ。


「何を見ておる」
「いや、やっぱ似てんなあと思ってよ」
「馬鹿め。貴様は今我が名前だという自覚が足りんな」


そう言って睨みながら呼び出しのボタンを押すと、ピンポンと可愛らしい音が鳴るもんだから、その表情は全然怖くなかった。嘘だ、やはり少し怖い。
お待たせしました、という店員の声が聞こえた。いつの間にかパンケーキを食べ終えたらしい元就が今度は抹茶パフェを頼んだ。言わずもがな代金は元親持ちである。
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -