短編集/男主 | ナノ


▼ 8


































その日は、雨だった。

嵐をも連想させるような雨で、大粒のしずくが地面を叩きつける。まるで空が泣いているように。いつもは痛いくらいに太陽が照り付けるスカラビアもそれは同じこと。いや、むしろスカラビアがこの大雨の発生源と言ってもよかった。

各寮長と副寮長がクロウリーに連れられてスカラビアを訪れた時、一番目に入ったのは宝石だったという。様々な色合いの美しい宝石たちがスカラビアの壁を飾り、装飾品を彩って、いつもは賑やかなそこは、まるで何かを失ったかのように涙を流す生徒であふれる

人だまりの中央にいる寮長が何かを抱きしめて大粒の涙を流し、副寮長がその”何か”を撫で、そこでクロウリーは思い出した。



とある奇病にかかった少年の存在を。



寮長たちに動揺が広がる。特に顕著だったのはオクタヴィネルで、震える声で少年の名前を吐いたのはウツボの生徒だろうか。

抱き締められるそれの周りには多くの宝石が散らばって、照明に照らされる。

そして今気づいたのか、寮長と生徒たちが何かを抱えて転がる様に近づいてきた



「学園長、どうにかしてくれっ、朝起きたらいきなり倒れっ…!冷たいんだっ!エメルダがっ…!」
「学園長ッ、こいつ、まだ大丈夫ですよね!だってまだ半年たってない!!」
「昨日まで元気に走り回ってたんすよこいつ!」
「学園長ッ!」




ようやくソレが姿を出した。



―――それは、酷く美しい姿だったと誰かが語る。爪とまつげと髪がエメラルドグリーンに輝き。陶器のように白い肌。まるで宝石でつくられた人形のような









――――――死体だったと





「学園長ッ!」
「無理です」
「そんなっ!」
「無理なんですよ、もう、死んでいます」




冷たく発せられた言葉に、ますます外の雨がひどく降る。彼の言葉に、今まで涙を流さなかったスカラビアの生徒までも泣き出した。




「学園長、これは、一体どういうことですか」
「―――、宝珠吐き病。言い方は様々ですが、エルメダ・パールという生徒はそういう奇病にかかっていました。いいえ。彼の家に生まれる子供たちは全員その病気を患って生まれてくる。生涯、発症しない者もいれば、発症して完治していくものもいる。彼は不幸なことにそうではなかった」
「不幸?不幸だと…?ああ。そうだろうな。アイツは不幸だった」
「ジャミル・バイパー…?」




今まで、涙を流す寮長のそばで、じっと黙って、エルメダだったものの頬を撫でていたジャミル・バイパーがふらりと立ち上がり、こちらへ向かって歩みだす。

彼はクロウリーを無視して、後ろにいたオクタヴィネルへ近づくと、そこにいた男の頬を殴り飛ばした。酷い、音がしたと思う。

無防備な所に叩き込まれた拳に、地面へと倒れ込んだ男、ジェイド・リーチに向かい、脚を挙げたところでレオナ・キングスカラーが彼を拘束した




「落ち着け!いきなり何をっ!」
「どうしてっ!!!!」
「―――っ!」
「どうしてっ!アイツの気持ちに応えなかったんだっ!!!!お前だってあいつのことをっ、エメルダのことを想っていたはずだろうっ!!!どうしてっ、言葉を交わしてくれなかった、どうして、アイツの気持ちに応えてくれなかったんだっ、アイツの奇病はっ、アイツの病気はっ、ただ一言、言葉を交わすだけで治る病気だったのにっ…!」




振り上げた脚も、腕も、力を無くしたかのように下がり、手で顔を覆う




「応える気がないなら、いっそのこと手ひどく振ってくれればよかったのにっ、相手をせずに、アイツを見ずに、アイツにっ、言葉を返さずに、ただいないものとして扱ってくれれば、アイツっ、エメルダはっ」




―――どうして、どうしてっ…!!



なんで、俺にアイツを譲ってくれなかったんだ。俺なら、絶対に幸せにしたのに




涙を流し、まるで身を裂くような想いを吐き出して、ジャミル・バイパーは涙を流した。

その姿に、クロウリーが語り出す




「彼の奇病を直す方法はただ一つ。意中の相手と結ばれ、互いの気持ちを吐き出すこと。」
「――っ花吐き病と同じ系統の病気」
「リドル君は医系の家系でしたね。その通りです。恋をしている間、患者は宝石を吐き出す。花吐き病と違うのはこの宝石は触れても感染をしないということ。そして発症してからの寿命は、一年」




恋心がその間に消えてしまえば病気も不思議となくなる。世界でも極めて症例の少ない奇病。




「なんですか、それ」
「ジェイド」
「なん、ですかそれっ…!」




痛む頬を抑え込みいまだカリムに抱きしめられている己の想い人だったものを見つめ、ジェイドは乾いた笑みを浮かべ涙を流した




「僕が、殺したようなものじゃないですかっ」




きらりと、一等美しい光を放つ宝石が、彼の懐から飛び出した。ソレにひびが入りパキンッと音を立てて割れる、それはあたりに散らばった宝石も同じことで、粒子となり消えていった。




「―――っ!」
「この病気は、吐いた宝石全てが、吐き出した本人が死に、一定時間たつとすべて消えてしまいます。残るのは、世界一美しい死体と呼ばれる宝石になった患者だけ」




この病気は、そういったものなのですよ。




そう言い放ったクロウリーの声には、こらえきれない何かが潜んでいた。けれど、それはつまり、あの時もらった宝石もすべて消えたのか、と。ジェイドは泣いた。

すり抜けていく感覚に、もう、何も思えなかった。





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