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レオナ・キングスカラーの回想
宝物があった。宝石みたいに美しいわけじゃない。黄金みたいに価値があるわけでもない。実の親にすら疎まれて、同じ種族内で爪弾きにされて、けれど能力だけは人一倍あったやつ。幼いころ、その見慣れない漆黒は物珍しく、悲し気な表情がやけに目について、欲しいなと思った。だから手元に置いた。
小さな体に、きらきらと輝く黒曜石の瞳が好きで、レオナは良く彼の目をじっとみて一日を過ごし、手触りの良い彼の髪や耳に触れていた。その行為はレオナだけの特権で、レオナは自分の隣に彼がいるのは当たり前とすら思って日々を過ごした。
小さい頃は楽しくて、うれしくて、幸せで、彼だって同じ気持ちだと勝手に空想を描いて、自分が王になったら彼を宰相にするのだと夢を見て…。けれどそんなのは所詮子供の睦言。年を重ね、知識を身に着け、大人たちの会話を聞くたびに、それは戯言だと突き付けられる。
…それでも、よかった。いや、良くはなかったけれど、自分のそばには腹心で、大事な、大事な相棒がいるのだから、大丈夫だと。
生まれ持ったユニーク魔法を疎まれる自分と、突然変異であるその綺麗な髪と瞳を疎まれる彼。俺たちは似た者同士だと、歪んだ感情が胸を満たす。望まれぬ者は望まれぬ者と一緒にいるからこそ、互いを幸せにできる。それなのに…っ、アイツはそれを裏切った。
自分のこの想いが友情などという綺麗なものではないという自覚はあった。汚らしい情欲だ。だからこそ、レオナはレオナなりに大切にしていた。そのつもりだった。けれどアレは、クロキはあろうことか婚約者を作ったのだ。それがクロキの意志ではなかったとしても、親によって定められた婚約だったとしても、レオナはそれが許せない、許す気もない。
王宮で、同じ黒豹だという娘と談笑し、わずかに頬を染める姿も、今まで自分にしか見せなかった控えめな笑みも、あの心地の良い声も、自分の許可なく、他人に晒す、その姿に抑えてきた感情があふれ出す。
―――いっそ、砂に変えてしまえれば…。
大事に、大事に仕舞ってしまえるのに。プツッとした音が聞こえ、口の端から流れる血に、知らずと喉が鳴る。
だが、それをしてしまえば、彼はもう、自分の目の前に二度と姿を見せなくなる。それだけは耐えきれない。だからこそレオナは元々ロイヤルソードアカデミーへ向かう予定だった彼を無理やり護衛としてナイトレイブンカレッジへ入学させた。
本人は不思議そうにしていたが、それでも自分の目の届く範囲外に彼が行ってしまうとレオナは困るのだ。
そこからの彼の扱いはひどいものだったと自分でも思う,イラつきすべてを彼にぶつけた。その理不尽さを受け入れる彼の姿に、レオナはほの暗い喜びを知る。泣きそうに歪む顔も、悲痛そうな声も、どうして、と怯える瞳も、それはすべて自分が引き出しているのだと思えば心地よい。
…それでも、毎日のように自分の心は葛藤した
―――大事にしたい
『裏切ったのはアイツだろう』
―――昔のように、体温を感じたい
『アイツにはもう婚約者がいる』
―――大切に、したい
『あぁ、だが…』
―――『自分のことを想って歪むアイツの顔はひどくきれいだ』
大切にしたい気持ちも、酷く甚振ってやりたいという心も、彼が自分を想って歪む顔は美しいと思う。
けれど、心は満たされない。
昔のような幸福を感じない。
ずっと一緒にいたいのに。
ただ、それだけだったはずだったのに。
―――留年してしまえば、アイツの婚約は、延期になるんじゃないのか
名案だと思った。
目の前には水で濡れたアイツがたっていた。いい加減、アイツに近づくコバエの処理がめんどくさいと思っていた時に気付いた考えに、さっそく彼は、今まで受けていた授業をばったりと受けなくなった。授業へ行こうとする彼を部屋に押し入れて、寮生に見張らせて、クロウリーに話をつけた。
それから素早くクロキの籠る部屋へと押し入る。自分の部屋と隣り合った部屋。毛布に包まって、虚空を見上げる黒が美しい。
腕を伸ばせばいつもの敬語を吐き捨てて彼はレオナをぞんざいに扱うが、レオナは嬉しくなった。敬語が取れたのは何年ぶりだろう。
諦めたのか疲れたのか、抵抗をやめる彼を抱きしめ、機嫌よく喉を鳴らし、舌でお気に入りの毛並み(髪)を整える。昔は良く、こうやってお互いをグルーミングしたものである。懐かしいなと感傷に浸れば、いつの間にか眠ってしまった彼を強くかき抱き、眠りにつく。久々にいい夢が見れそうだった。
……深夜、目を覚ます。
昨日、確かに腕に閉じ込めた温度が消えていた。
飛び起きる
―――どこだ、どこに行った
こんな真夜中に訪問して彼を止める友人などいないはずだ。そもそも俺が作らせなかった
駆け出す
彼の匂いを追って
学園に付く
廊下を走る
一等彼の匂いが強い場所へたどり着き、ドアを部屋を蹴破る。
―――そこには
幸せそうな顔をしたアイツが、多くのたおやかな手に引かれ、鏡の中に吸い込まれ行く光景。
飛びつく
飛びつくようにして手を伸ばすが、波紋を広げる鏡はレオナを拒んだ。
「―――、それでは皆様、またいつか」
耳が拾う、女の声
「ええ、またいつか」
「うふふ、楽しみだわ」
「彼はきっとこの世界を救う救世主を連れてくるでしょう」
「三年、三年よ」
「三年待ちましょう」
重なる、重なる、重なる。
美しい女の人魚が鏡の中を泳ぐように泡となり、青色の服を着た女は絨毯の上からほほ笑むと空へ飛ぶ
兎を追いかえる少女は穴へ消え、他の女とは違う、一昔前のような服を着た女は踊りながら糸車に触れた
白雪のような女が小鳥と共に歌えば、怪しげな微笑みを浮かべた美女が嗤いながらレオナを見据える。
まるで、夢物語を見てるような光景に、不意に、誰かが耳元に囁く
『大切なものを、次は取りこぼしてはダメよ』
いつの間にか、クロキも、幻想達も消えていて、その場には、彼一人だけ。
取りこぼした事実に、レオナ・キングスカラーは怒号を上げた。
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