短編集/男主 | ナノ


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 クロキ・ブロークという生徒がいる。世にも珍しい黒豹の獣人だ。顔こそは凡人のそれではあるが、従者として彼はひどく優秀であると評判で、人柄も穏やかであり、サバナクロー寮の生徒にしては物静かな方であろう。そして、この学園において彼に関わるのはレオナ・キングスカラーの怒りに触れるということも有名だ。きっかけが何であったのかは当事者でしかわからない。第二王子とその従者の仲が悪い、というのはこの閉鎖的学園において当初ひどく騒がれた。
 
 気に食わない事があれば従者に威圧的な態度をとることは当たり前、そもそもいないもとして扱うことも多い。それでも毎日近くに、というわけではなくとも何かあれば対応できる距離にいる彼は従者の鏡であろう。美しい色合いの黒は誰の目も惹き、何より彼のそばは心地いい。静かに見守り、すべてを包み込むような錯覚さえある。そんな彼はすぐに友人と呼べる人間ができたが、それは彼の主であるレオナ・キングスカラーの手によって早々に消えてしまった。




『不吉な黒はお前らが近づいていいもんじゃねぇよ』
『あいつに近づくんじゃねぇ』




 彼が悪いわけではない。けれど誰しも面倒ごとには巻き込まれたくはないだろう。一人、また一人と、彼の周囲からは人が消えていった。
 それを眺めながら、レオナ・キングスカラーは笑って見せる




『所詮、あいつ等のお前に対する評価なんてそんなもんだ』
『あなたが、そうしたのに』
『そうだな、俺がそうした。』




 それの何がいけないのかと、男が笑って見せ、喉を鳴らす。心底おかしいといわんばかりのソレに、クロキはただ「そうですね」とだけ返し、気配を消すよう、息を殺す。いつもこうだ、いつもこう…、疲れてしまうと、彼は無表情の仮面の下で思う。

 気に食わないのならば、自分で王たちに手紙でも出せばいい。そうすればすべて解決するだろうに。なぜそれをしないのか、彼には理解ができなかった。…理解したいとも思わなかった。



 そうしているうちにまた、季節が巡る。冬の肌に刺すような冷たさが終わりを見せ始めた時期、彼は自分の使える男によって部屋から出ることすら禁じられてしまった。曰く、学園で、お前を見るのが嫌だと。曰く、お前は俺を不快にさせると。曰く、お前自身が周りを不幸にすると。曰く曰く曰く。ありとあらゆる理由をつけ、男はクロキの部屋にカギをかけた。

 さすがの彼も、これには困ってしまう。出席しなければ単位は取れない。いざ彼が外に出ようとするものなら、寮生たちが慌てて止める。「俺たちのために、出ないでくれ」そう言ったかつての友人に、彼はただ茫然としてしまう。どうして、と、問いかけようとしても、それ以上寮生たちは語らなかった。まるで彼自身と会話することが罪であるかのような態度を取る。お願いだから、話しかけないでくれと、そういう空気が端々に感じられ、クロキは部屋に戻った。

 何時からかは今では思い出せないけれど、彼はずっと一人部屋で、ただずっと耐えるように職務を全うしていたつもりだった。己の何がいけなかったのだろう。流れ出てくる涙をこらえず、日が暮れるまで泣き伏せて、ただ、虚空を見上げつつ、考える





―――俺、なんでこんな目にあってるんだろう。




 一度考えてしまえばその疑問は尽きなくて、仕えるべき主人が帰ってきても、彼はいつものように敬礼したりはしなかった。ただ視線をちらりと寄越すだけで、すぐに思案する。こんな態度を取るものなら機嫌の一つや二つ損ねそうではあるのだが、レオナ・キングスカラーは異常なまでに機嫌が良かったらしい。鼻歌まで歌いだしそうな顔で彼はクロキが横になるベットに上がってきた。
 喉をグルグルとならしながら、横になる彼の首筋に顔を埋めた。鼻を鳴らして、何か確認しているかのような行為だ。




「―――、外には、出てないようだな」




だが、少しだけ雄の匂いがすると吐き捨てる。

 多分、部屋に押し戻されたときについたのだろうとあたりをつけて、クロキは己の耳をいじる手を跳ねのけた




「触らないでくれ。もう、うんざりなんだ」
「大人しくしてろ、悪いようにはしねぇよ」




 既にこの状況が悪いのにか?そう問いかけなかっただけマシだろう。好きにすればいい。そう思った。抵抗をやめれば、身体が不意に持ち上がって、胡坐をかいたレオナ・キングスカラーの脚にすっぽりと座らせられる。懐かしいと思った。まだ昔、仲がこじれていないころに彼は自分にこの行為を行ったな、と、扉を見つめながら考える。彼は一体、何がしたいんだろう。サリッサリッと音がして、耳の根と髪が撫でつけられる。宝物なのだといわんばかりに、男の舌で、丁寧にグルーミングされている現状が彼には理解できない。

俺はいつになったら学校へと行けるのか、ただそれだけを考えて。眠りについた。













――――揺らめく鏡に、俺も彼も気づくことなく。








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