短編集/男主 | ナノ


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 パシャン。小さな水音と共に、あたりが静寂に包まれる。普段はうるさいほどにぎやかなこの場所も、今では息遣いが聞こえるだけの空間になっていたらしい。水をかけられた髪がしっとりと濡れて、俺は無言で目の前の男を見つめた




「目ざわりだ。消えろ」
「はい、申し訳ありません。」




 まるでお前のすべてが憎いと言わんばかりの声音に、俺は静かに返す。しかし、彼の言う通りに消えることはできない。俺はそういう“王命”を受けてここにいる。母国の第二王子を外敵から守る様にと仰せつかってるいのだから、俺や目の前の男の一存でどうにかできる話ではなかった。ただ謝るだけで行動に移さない俺を睨み、第二王子が忌々し気に舌打ちをかます。今日もまた、ダメだった。気配の消し方は完璧だったし、匂いでバレないように祖国から匂い消しを常に取り寄せていた。何がいけなかったのだろう。
 
 常備しているハンカチで顔を拭きながら、俺は思う。そもそも、第二王子に嫌われている俺を王子の目付け役に任命した王は見る目がないとも思う。恐る恐ると言うように声をかけてきたのはまだ新入生で、震えるように「大丈夫ですか?」と問いかけた。まあ、いつものことなので、大丈夫ですよと返せば、さらに震えている。そちらこそ大丈夫なのかと問いかけようとしたとき、一年生がその一年生を引っ張って何処かへ消えてしまった。その途中に聞こえる声には




「あの先輩には話しかけんな!」




だとか




「サバナクロー寮の寮長に目を付けられるぞ!」





  だとかは聞かないでいよう。一々相手にしていれば疲れるのだから。もう一度だけ第二王子に目を向けて、俺は食堂を去る。仕事の相方であるラクダがインカムで、お前はいったん下がれというから、それに従った。
 俺の何が、あの人はそんなに気に食わないのだろう。昔はよく相手をしてもらっていたし、仲が良かったと記憶しているのだが、この学園に入る少し前から、彼は俺に対して異常なまでの嫌悪感を示し始めた。つらくないと言えばうそになるが、思春期に入ればそういう心の変化は付きものだろう。何もおかしいことはない。…俺の心が少しだけきしむだけだ


 俺は元々、王家につかえる重鎮の家系に生まれた。武術、知恵、容姿と恵まれた家庭に生まれた俺は容姿こそ凡人並みではあったものの、武術と知恵はそれなりのものをもって生まれてきた。それに加えて俺は第二王子であるレオナさまとの年齢も近く、早々に護衛兼遊び相手として王宮に召喚された。

 王族であったせいか、年の近いご友人のいなかった彼に、俺は絶好の遊び相手だっただろう。紹介された時も俺が王宮にいるときも、俺は大人たちの元を離れレオナさまの遊び相手をしていた。というか、当のレオナさまが,俺が王宮に踏み入れるや否や手を掴んで王宮散策へと連れ出したせいでもある。




『お前は目を離すとすぐにいなくなるから、俺がきちんと見といてやる』
『はい。ありがとうございます』
『だからお前はずっと俺から目を離すなよ。いなくなるんだから』
『はい』




 約束。約束です。小さい頃に交わした約束が今や何の意味もない。俺の姿を認識すれば彼は俺を罵倒して、酷いときには先ほどのように物理行使にでる。手を挙げられたことはなかった。せいぜい水を頭に被る、その程度だ。そんなに嫌なら俺のことなど捨て置けばいいのに、彼はそれをすることはなかった。俺の姿を目に留めたくないというのなら、気配を消している俺を見つけなければいいのに。生まれながらにして王子である彼は、部下に対する配慮というものは持ち合わせていないのかもしれない。
 『今日はもういい。部屋にいろ』再び聞こえてくるのは、今現在第二王子の近くで護衛をしている男の声だ。どうやら授業にも出るなということらしい。小さく『はい』とつぶやいて、服を着替えることができるだけマシだと自分に言い聞かせながら、俺は寄りかかっていた壁から身体を離した。




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