短編集/男主 | ナノ


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呆然としたようにこちらを見つめるリドルに似ている女性と、数人のメイドに執事。俺の口を塞ごうと手を伸ばすリドルの肩を掴んで目の前に持ってくる。ちょうど俺の顎あたりに頭頂が来て、顔を青くさせたり白くさせたり大変そうだった。けれどごめんね、リドル。君のためだからこれ。




「あら、急に我が家へ挨拶もなしに来たかと思えば、開門一番に何を…、リドル、付き合う友達は考えなさいと昔から言ったわよね」
「―――っ、す、すみません、おかあさ」
「はいストップ。」




まずストップ。謝らなくていい。あれは常識の皮を被せたタダの八つ当たりだ。多分、学校内でできたという友達()という存在を自分のペースに引き込みたかったのに、いきなり出端くじかれてちょっとイラっとしてるだけだから。貴族、というか上流階級の人間なら相手のペースには飲まれたくないだろう。頭のいい人間なら、特に。

そして是が非でもペースを戻そうとするはず。なら、こちらが一気に畳みかけるしかない。考える隙を与えるな。俺がさっき行った常識はずれな行動に対する返答も、これから話す内容で相手が何を思い、どう考えるか頭を回せ。




「…奥様知ってますか、そういうの毒親っていうんですよ」
「どくっ…!?」
「毒親ですよ。良かれと思ってあなたはやっているかもしれませんけど、周りや本人からしたら迷惑なんですよね。お友達を選びなさいだなんてどの口が言われるのか、そんなの選んでたら奥様みたいにご友人の一人もいない寂しい生活しか送れないじゃないですか。」




多分、本人が一番気にしていることを、というか、それっぽいことをさっそく切り込んでいく。思った以上にダメージが大きかったのか、女性の割には高い背丈である身体がふらつくのを横目に、いまだ顔を青くして奥方から目線を離さないリドルを見せつけるように押し出した




「それに、ご自分の教育に自信を持つならば、15歳の少年であるリドルの平均身長に疑問を持つべきです。栄養のある食べ物をバランスよく。それは素晴らしい心がけだと思います。けれど、外で身体を動かさず過ごせばその栄養なんてたかが知れたところ。見てくださいよリドルの身長、どれほど低いと思ってるんですか。俺たちの学年に190超える巨人どもから小さいだのお子様だの馬鹿にされ…」
「そこまで言われていない!!」
「聞きましたか奥様。言われてるんですよ身長の事」
「――ッ、そ、それは遺伝でっ」
「奥様は女性の割に身長が高いように見受けられます」
「〜〜っ、なんって、失礼なッ…!」




顔をリンゴのようにして怒る様がリドルにそっくりですね奥様。さすがにそこまでは煽らず、ところで、と切り出した




「俺は商人の出なので、よくわかりませんけど、この国では客人をもてなす際、部屋へも案内せず、お茶も出ないのですね」




正直そこまで頭を回らせなかったという表現が正しいけれど。にっこりとした笑顔でそういえば、奥方は悔しそうに顔をゆがめて「リドルのお友達を部屋にお通しして」と言った


これは完全勝利と言っても過言無いのでは????我ながら褒められるべき戦法ではなかったにしろ、これは完全勝利では??内心で万歳三唱を唱えながら、通された部屋へと足を踏み入れる。案の定、部屋は広くて、見るからに繊細な作りだとわかる壺やら絵画やらが飾られている。ん〜。絵画に関して言えば母のほうが詳しいので何ともだが、相当腕の立つ画家が描いたのだろう。でもこの絵柄、どっかで見た気がするな、どこだったっけ




「母は、客人をもてなすそうだ。」




紅茶でよかったかな?と差し出されるティーカップを受け取って礼を言う。鼈甲色というのか、琥珀のような色をした液体が揺れて、俺の顔を映し出した。




「それで、なんでお母様にあんなことを?ルディなら、もっと…」
「うまく立ち回れた、だろう?できたよ、でもそう立ち回っても、リドル。お前は、苦しいだけだぞ」
「慣れている。」
「それは、よくない慣れだな」




ふと細められたリドルの瞳に、笑って見せた。戸惑うように俺を見つめ、リドルがティーカップを包む手に力を込めたのを確認して、俺は渡されたソレを机に置いて、先端が赤くなった彼の手を包んでから目を合わせた。




「自分の、心のままに生きることは大事だよ。リドル」
「……どうして…、」
「友人のことを心配しちゃぁいけないなんて、水臭いことは言わないだろう?」




そうやって、胸にためた淀みはいつかあふれ出し、爆発すれば取り返しのつかないことになったりするもので、俺はそれが怖い。だから、不安の根は早急に摘み取ってしまわないといけない




「そうだリドル。トレイ先輩の自宅もこの近くだろうし、後で顔を出しに行こう」
「え、あっ、いや、それは…」




俺の提案に言葉では遠慮しているものの、リドルの瞳が一瞬にして輝くと、頬がすこしだけ赤く染まった。まあ、甘いものが好きなリドルのことだし顔を出すだけでは済まないだろうけど。
というかトレイ先輩がそれを許さない気がする。ほっこりとした気持ちで「どうしよう」と目をさまよわせたリドルに畳みかけるように口を開こうとした瞬間に声が被せられるように降ってきた




「どこに、何をしに行く、ですって?」




俺とリドルは思わず肩を震わせて、扉の前に腕を組んで立つ奥方を見つめた。一瞬のことで頭が真っ白になってしまい、自分のペースに持っていく言葉が浮かばない。これはやばいなー。というかやばやばのやばでは??脳内のJKがマジ乙〜とか言いながらタピオカ飲んでるのマジで腹立つな。どんな言葉が飛んでくるのかと身構えて、じっと奥方を見つめた。けれど彼女は何も言わずに、ただ一つだけ、重い溜息を吐く。それが、何か決意をしたような、何かに別れを告げるような、諦めるようなため息だった




「好きにしなさい」
「えっ…」




リドルの声が耳に届き、その言葉の意味を理解するころには奥方の姿はなく。お手伝いさんと思しき人物が代わりに一礼をして口を開いた




「奥様から、夕方には帰ってくるようにと、夕食が不要の場合は使いを寄越すようにと言付けを受けております。」




―――。とにかく、遊びに行っていいってこと?




俺とリドルが顔を見合わせ、互いに首をかしげると数分後、恐る恐るではあるが屋敷を出て、トレイ先輩の自宅へと向かった。












遠のく二つの人影を見つめながらその女性は、疲れたようにため息をついた。久しぶりに、息子のうれしそうな顔を見た気がする。年相応の少年のように、瞳を輝かせて、頬を紅色に染め上げて、友人だという少年に気を許していた。

ああ、そうだ、それが普通なんだろう、わかっている。わかってはいた。

けれど自分の感情はついていかないのだ。友人がいないとあの少年は言っていた。事実だろう。自分の教育はほかの親たちには顔を顰められるもので、自然と人が離れていった。けれど…




「そう思い詰めるならご自分の胸の内を、あけてみればよかったのではなくて?」
「…悪い冗談ですね、ジューン様」
「そうかしら。ふふっ、懐かしいわね。貴女が我が行商に足を踏み入れた時のことを思い出すわ」




上品なドレスに身を包み、こちらに向かってくる女性は美しい。かつて大輪の薔薇とまで謳われたその美貌は焦ることを知らず、一児の母であることをだれが信じるのだろう
楽し気に紡がれる言葉は懐かしく、それはまさしく過去の事だった




「私がまだ駆け落ちする前の事ですわ。この国に、厄介な疫病が流行りましたものね。幼子を蝕むその病に、貴女の子供は床に伏した。医者の家系に生まれたあなたは庶民よりも知識を有していましたわね。万病に効く薬草を求めて、熱のある我が子を胸に、あの人の行商に乗り込んだことを、今でも覚えていますわ」
「昔の話です」
「それから貴女は考えたのではなくて?正しい食事を、流行り病にかかるリスクを減らすために家に囲い込む方法を、それが幼子にとって厳しいものだと知っていながら」




もうすでに、二人の少年の影は見えなかった。
額をガラスに当てて、そのひんやりとした冷気を感じる。




「…外に出せば、病気を持ってくるかもしれない。怪我をすれば破傷風を引き起こすかもしれない。私は、そのリスクが怖かったんです。だからあの子が昔、言いつけを破ったときは肝が冷えました。泥だらけになって、些細ではあったけれど、擦り傷まで作ってきたことに、私は…」
「子供は、遊ばせて成長するものですわ」
「頭ではわかっていました。けれど」
「感情が、追いつかなかったのですね」




コクリと、頭を動かした。今回、初めてあの子に遊んでくるよう許可を出したのは、自分でも思った以上に勇気のいる行動だった。あの子が目を丸くして、こちらを見ているとき、ツキリと胸が痛むのを見て見ぬふりをした。あの少年が言い捨てていったご友人のいないという言葉、自嘲気味に笑いながら自分の前髪に触れる




「でも」
「?」




だけど、そうね、とジューン夫人が頬に手を当てて考える




「あの子は一つ間違ったわ、そうでなくて?」
「ジューン様…?」
「私と貴女はお友達だわ。違っていて?」




そこで気づく。息子の連れてきた少年の顔は、今、目の前でほほ笑む女性にそっくりではなかった?大輪の薔薇とまで謳われた美貌を持つ、目の前の女性に




「あなたも、人が悪いですね、ジューン様」
「いやだわ、昔みたいにカナリアとでも呼んでくださらないの?」
「昔から呼んでいません。ですが、そうですね、ジューン様。貴方様のご子息、大変いい性格だったわ」
「そうでしょう?私と夫が手に塩かけて育てたのよ」




ふふっ。少女のように微笑んで、楽し気に笑った彼女の笑顔に、どうでも良くなってしまった。そして、先ほどまで胸を刺していた痛みはいつの間にか消えていた








――――ソレが一年前の話である。




目の前でプスプスと顔から煙を出す我らが寮長と、それを微笑ましく見つめるトレイ先輩たち。その横にはつい一時間前に迷惑をかけてしまったという一年生とオンボロ寮の監督生がいて、俺の知っているリドルの家庭事情とそれに触れてしまうまでの経緯を語った。




「いやー、まさか俺が、商談に行ってる間、リドルがオバブロして暴走とかいう失態晒してるなんてなあ」
「この先輩言葉遣いに悪意を感じるんですけど」
「悪いな、ソレがこいつなんだ。」
「口が綺麗なだけじゃぁ商人務まらないからね。ちなみに俺はルディ・ジューン。生徒でもあるが、正式に学園長から許可を得た商人でもある。専門は魔法具と魔法石」




リドルがオバブロしてるときはサバナクローの寮長にマタタビ売りつけて、締め上げられて、口で煽るというある意味、俺と彼のコミュニケーションをとっていたわけだが、おかげで首と腰が痛む。そのくせ帰ろうとすれば尻尾で腰に尻尾が巻き付いて妨害してくるのだから笑える。え?なになに??レオナ君もお友達がいない系かな??常にニマニマと口に当てて笑えば、ベッドに引き吊り込まれて頬をかじられた。許さない。




「あ、それからねエース君」
「う、うっす」
「リドルにはきちんと俺という友達がいるから、勘違いはしないように」




こんなんでも俺ら仲いいよ?俺の学園生活リドルがいなかったら終わってるよ?ニッコリと圧をかけながら詰め寄りつつ、赤く塗られた薔薇の花を見上げて、ため息をついた




「先輩?」
「ああ、大丈夫。気にしないで。」




これは俺の心の問題だし。それに、杞憂していた問題が起こってしまった。
それを防ぐためにいろいろとしてきたけれど、それが無駄となると心苦しい。俺ではリドルの闇を晴らせなかったのだろう。

頬を撫でる風に身を寄せて、俺は一口、角砂糖の溶けた紅茶を口に含んだ 


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