短編集/男主 | ナノ


▼ 4

赤く染まった身体が目の前で崩れ落ちる。
美しい相貌を痛みに歪めた自分の兄が、高笑いし、自分をも滅多刺しにして死んでいった女の傍らに。




「あ。あ、ああ、あああああああああああ!!!」




兄さん兄さん兄さん兄さんっ…!



ああ、ああああ、




「ほんか、ほんか、ほんかぁあああああ!!」




俺の大事な兄が、俺の本歌が、叫んで叫んで、兄であり、本歌である彼に駆け寄った。まだ温かい、まだ心臓は動いている。まだ、まだ、まだ。
家から飛び出た母である女が悲鳴を上げ、父が素早く救急車を呼んだ。


そのおかげなのか、兄は一応生きてはいる。けれど俺にはわかった。




―――中身がない




空っぽなのだ。器の中に何もない。ただの器のように、ただそこにあるだけだった。本来ならば長く持たないはずの器はどういうことかいまだ生きながらえている。
俺の兄は、本歌はどこに消えてしまったんだろう。そっと点滴のされていない手を握り締めながら「兄さん」と呟いた。ああ、どうして俺たちは…




「離れ離れになってしまうんだろうな、俺たちは、なあ、兄さん(本歌)」




本当に、どうして俺たちは…




「その俺たちには俺は入ってるのか?…にゃ」




コツン、一つノックを叩き、入ってきた男に目を向けて顔を歪める
ああ、兄が言っていた友人は彼かと




「あんたも、いたのか」
「それはこっちのセリフだぜ国広の。未練たらしくアイツについてきてたとはにゃぁ」
「それはお互いさまという奴だろう。俺も、あんたも、前から未練たらしく本歌にしがみ付いて、二度も廻った。俺の魂が消えるのが先か、あんたの魂が消えるのが先か、見ものだな」




前の刀生など、思い出したくもないほど忌々しいものだ。

極の修業は熟練度の関係で行けなかったが、俺は俺で写しという自分にキチンと心の整理をしていた。それもこれも本丸の仲間のおかげだと、あの時までは疑いもしなかったが、今思えばアレは洗脳の一種だったのだろう。その本丸の審神者は俺という山姥切国広に酷く甘く。本歌という存在を親の仇と言わんばかりに恨んだ

本丸のあり方に俺が疑問を持ったのは儚く微笑む本歌をその目に収めてからしばらくして。本歌は他の山姥切長義と違ってどこか人間臭かったし、山姥切という名前に執着もしていなかった。昔それを問えば、彼はどこか遠くを見て笑うのだ「その名前は『俺』の名じゃないからね」。けれど俺は彼を、本歌を山姥切と呼びたかった。だから俺も、徳美も、山姥切に理解のある刀は全員が彼を山姥切と呼んだ。それなのに、審神者と理解のない刀は反発したのだ。本歌が、俺たちに無理やりその名を呼ばせていると。

特に審神者の手によって編み出された刀はその考えが根強く、所詮ドロップ刀といわれる者たちは理解があった。昔聞いたことがある。それは審神者の性格や霊力に左右されると

そこからは転がる様に落ちて行った。

審神者も刀剣も山姥切長義を冷遇し、しまいにはその土地を管理していた神に見捨てられ、政府からの監査すら派遣された。



監査が来た時にはすべてが終わっていたのだけれど。




本歌の冷遇に耐えられなくなった俺と南泉が審神者を切り捨て、審神者は「どうして、ああ、どうして」そう何度も呟き、事切れる前に呆然と立ち尽くす本歌を睨むとこう吐き捨てた




『あんたの、あんたのせいよ、あんたのせいで、私の国広も、私の刀も、私をみなくなったの。―――折れなさい、山姥切長義っ!!!』
『あ…』




パキン…と


重く軽やかな、どちらともとれる音を立てて悲しみにその綺麗な瞳を大きくした本歌は折れた。折れた本歌を見据え、虫の息のあの女は笑ったのだ




『あは、あはははっ!ざまあないわね、ふふ。もしもあんたに来世があっても、私は絶対にアンタをこの手で殺すわーーー絶対によ』




そう呪詛を吐き、審神者だった女は事切れ、俺は監査が来る前に本歌をまもれなかった俺をゆるせずに自死した。
頬をつたう涙を無視して、本歌だった刀に手を伸ばし、気づけば本歌の腹違いの弟としてこの世に生を受けたのだ。




「守れなかった」
「まえもだにゃぁ」
「でも、次は…」
「…次なんて、ないぜ。これが最後だ」
「…」
「人間の生が終われば俺は本霊に戻れずただの魂として器をさがす…にゃ。それが俺があいつにしがみ付く選択。神の位を捨てた妖の醜い生きざまだにゃ。お前も同じだろう」
「…」
「なら、妖は妖らしく、手段なんて択ばないものにゃ」




楽し気に笑うそいつに俺は―――




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