短編集/男主 | ナノ


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そして今、俺は見覚えのない部屋に立っていた。いや、見覚えのない…という表現には少し御幣がある。正確にはどことなく懐かしい感じがする部屋だろう。

なかなか趣味のいい部屋じゃないかなと思いつつ、適当に座ってテーブルに並べられる紅茶や菓子を眺め、口に放り込む。さくりとした食感と共にじんわりとした甘みが口いっぱいに広がって美味しかった。




「君、人見知りになっていると聞いていたんだけど、食べ物は食べるんだね」
「…俺?」
「まあ、間違ってはないかな。こんだけ似てればね。俺の名は山姥切長義、君をココに呼んだ張本人だよ、実は君にお願いがあってね」




にっこりとこちらに向けて微笑んだ彼は向かい側のテーブル椅子へと腰を下ろし、二つ目の茶菓子を口に放り込んだ俺を笑顔で見つめていた。なんだろう、この。人が愛玩動物を見るような眼差しは。…というか俺に似すぎてて鏡と話しているような感じしかしないのだが…。




「少し俺の代わりをしてくれないかな?人としては長い年月かもしれないけれど、神としては短い年月の間だよ」
「俺。すっごく人見知りするよ?」
「うんうん、それは君を救い上げた時から気づいていたよ。この子そういう素質あるなあって。昔はまだマシだった気がするけれど、何があったのやら。あ、ここついてるね」




身を乗り出すような軽い仕草で、俺の頬についていたらしい菓子屑を取って、何でもないように口に運ぶと、「うん、我ながらいいね」と笑い首を傾げた




「君の人見知りはどうにかするとして、どうかな?受けてくれるかな?」
「その前にさ」
「うん?」
「俺って死んでるの?」
「……ああ、そう言えばそうだったね。安心してくれ、君はまだ死んで無いよ。俺としたことがいろいろ前倒しになってしまってすまないね」




とろりとろりと蕩けた眼差しが優しく俺を写して、ふふっと嬉しそうに笑う




「君は覚えていないかもしれないけれど、君は小さいころ俺に約束をしたんだよ」
「うそだ、俺その小さい時代によっては黒歴史…」
「俺は前の君のほうが俺らしくて好きだけどね。まあ、要約するなれば、…『君が困ったときはしょうがないからこの俺が助けてあげるよ、本に書いてあった、持てる者こそ与えなくては、ってね』と言い捨てた」
「うっそ、ソレ完全にイキってる時代じゃないか。」
「神様との約束は破ると怖いよ?俺は今困ってるんだから助けてほしいものだ。」




切実に。二度目になってしまうけれど

見るからにプライドの高そうな男(俺に激似)が困ったように眉を下げるものだから、俺は少しだけ考え込むように唸る。昔約束をしていたのならば守らなければいけないのではないだろうか。それに、そう、持てる者こそ与えなければならないのだ。

けれど、二度目とは何だろう。眉を潜め、俺はその言葉とさっきから感じる違和感を無視して話を進めようと口を開ける




「でも、俺に得がないな」
「君以外とちゃっかりしてる子だね、…まあ、俺もソレは思ったから、君がこれを引き受けてくれるのなら、君をきちんと体に戻してあげようかと思うんだ」
「体に?」
「そう、身体に、君の身体は生きてるよ、身体はね。その中に魂がないから死んでしまうのも時間の問題だろうけれど、大丈夫、まあ、全部俺に任せておきなよ。」
「頼み事ってそんなに大変なのかな?」
「うーん、大変だろうね、戦わなきゃいけないし、もしかしたら人の子の悪意に晒されるかもしれない。それで折れて行った『俺』がいる。そして『俺』も最近は人の子の悪意に晒されてしまってキツいんだ。だから、君で降ろす分霊を最後にしたいんだよ。まあ、いい方は悪いけれど、君は俺が今後分霊を降ろすための判断材料にしたい」




真っすぐ向けられた瞳にはいまだ迷いが見える。
けれど彼は彼で腹をくくっているようで、俺も俺でメリットが大きい。そうなれば答えはすでに決まっていた




「いいよ、俺にできることならね」




そう言った時に見た彼のどこかほっとした笑顔と、申し訳なさが入り混じったよくわからない表情はきっと忘れることはないだろう。

そして山姥切長義という刀の情報と時の政府の情報、さらには本丸の事などの諸々を頭へと文字通り叩き込まれ俺は輝かしい笑顔の本霊山姥切長義から送り出された。ちなみに行先はブラックらしいです、もう審神者に協力する気ゼロだね本霊…。

それから俺の人見知り云々は特別な術を掛けられることなどはなく、ただ声が出ない個体という設定で行けと言われてしまった。まって、俺普通に話せるんだけどな??



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