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首を跳ねられた一年生を起爆剤として、リドルに対し、寮生たちが反抗した。その連絡を受け、厨房の方に飲み物を取りに行っていたジョーカーは顔を顰める。息を乱してここまで走ってきてくれた後輩の頭をゆっくりと撫で、紅茶の入るポットを台に置くと駆け出した。
女王の傍にはトレイもケイトもいたはずなのに、一体何をしているんだと舌打ちして、見事な薔薇が咲き乱れる庭へと足を踏み入れた瞬間、リドルの名を呼ぶ、トレイの叫び声が聞こえた。
刹那
美しいバラの咲き乱れる庭が歪み、瞬きをした一瞬のうちにまるで打ち捨てられたかのような場所へと変貌した
「黒いオーラが全身からっ…!どうなってるの…。」
寮生の中に交じっていた他寮の生徒が驚いたように叫ぶ。どうなっているのかという疑問は誰にでもあるだろう。かく言うジョーカーも、何が起こっているのか理解できなかった。ただ、高笑いをする“ハートの女王”の現状が、良くないということだけは理解できる。呆然として、目を見開き、後ろにバケモノのような、どこか見覚えのある様なシルエットを背負うリドルから目が離せなかった。
「ボクに逆らう愚か者ども、そんな奴らは僕の世界にいらない。ボクの世界ではボクこそが法律。ボクこそが世界のルールだ」
「――っ!」
「返事は「はい、リドル様」以外許さない!ボクに逆らう奴らはみんな首をはねてやる!アハハハハハ!」
楽し気に笑い、どこまでも残忍になってしまいそうな雰囲気だった。そんなリドルの様子に、学園長が嘆き、寮生たちがざわめくが、その集団の中から二人、嵐のように飛び出すと、リドルに向かって魔法を放つ。
その魔法を諸に喰らって仕舞ったであろうリドルが、怒りを滲ませていった
「……貴様ら、なんのつもりだ?」
ダメージはあまり負っていないようで、それにジョーカーはほっとしたように息を吐く。本当に何のつもりなのだろうか。飛び出した二人、一年のトラッポラとスペードへ目を向ける。その近くにはいつの間にか、他寮の生徒と魔獣がいて、覚悟を決めたような顔をしてその場に立っていた。
「アイツ、このまま行くと大変なことになるんだゾ」
「さすがにそこまで行くと寝ざめが悪い。それに……」
「まだ「僕が間違ってました、ごめんなさい」っていわせてねーし!」
「エースがタルトを食べなければそもそも問題も起こらなかったんだけどね…。」
どうやら、彼らはリドルに立ち向かうらしい。彼らの言葉に学園長も、トレイも、ケイトもやる気だ。ならば自分も動かねば。胸に飾られたマジカルペンに手を伸ばしたとき、ふと思ったのだ。前、己が”joker”という役職を引き継ぐ前に言われた言葉を
――――日々、規則に逆らう俺らだからこそ、もしも“ハートの女王”に何かあった場合、俺らだけは味方でいなければならない。
理解されない統治者ほど、苦しい物はないだろう。そう言って笑った先輩はジョーカーが二年に上がるころ卒業した。彼が支えたいた元ハーツラビュル寮寮長と同じ職場についたと記憶している。彼とあの寮長の間に何があって、彼があの寮長の傍についたのかはわからなかった。けれど、どうして。どうしてもだ。
「どいつもこいつもいい度胸がおありだね……。みんなまとめて、首をはねてやる!」
どうしても自分には、”joker”である自分には、あの”女王”が、泣いているようにしか見えないのだ。
リドルに対して、”女王”に対してマジカルペンが向けられる。魔法が振るわれる。リドルのユニーク魔法は使えない。ああ、本当。自分は一体何をしているんだろう。ちょっとだけ自嘲した。
ハートのトランプ兵が風の魔法を唱えた。スペードのトランプ兵が召喚魔法を口遊(くちずさ)み、蒼い炎を纏う魔獣が炎を吐き出す準備をして。“ハートの女王”が叫ぶ
「助けろっ”joker”!!!!」
「仰せのままに、女王様。」
「はぁ!?」
「うそ、なんであの人、リドル寮長の前にっ…!」
「ヤバイ!魔法が当たるっ!!」
「ジョーカー君っ!!!!!」
呼ばれたのなら、乞われたのなら、求められたのなら。誰一人、味方がいないのなら、しょうがないさ。だって自分は道化師だ。ここまでする義理があるのかはわからない。これが正しいのかと聞かれればきっと間違ってるとしか言えない。
もう。目の前に炎が、上からは大きな釡が、両サイドからは風の魔法がすごい勢いで迫りくる。だからこそ、まるで奏者のようにマジカルペンを振るい、胸に添わせると、彼らに向かって挑発的に笑った
『俺が切り札ジョーカー・トランプ』
一瞬にして、彼らの魔法がはじけ飛び、の粒子となって消えていく。
「なんでそっちにっ…!アンタは”joker”だろ!圧政の理不尽を陰から崩す、”joker”のはずだろうが!」
「カートン先輩の魔法、アレは、トレイ先輩のような魔法、なのか…?俺たちの魔法が、消えた?」
狼狽える彼らに応えることなく、ジョーカーはしゃがみ込んだ”女王”に近づいた
「いや、”joker”だからこそ、ジョーカー君はあっち側にいるんだよ。宮廷道化師は権力者に意見できても、雇い主である彼らに命令されれば逆らえない。本当、いやになるよね」
「アイツの魔法は『俺が切り札ジョーカー・トランプ』といってな数多くあるユニーク魔法の中でも珍しく法則性のない。いわば奇跡を起こす魔法だ」
「奇跡…?」
「そう、さっき見たでしょ、ジョーカー君に君らの魔法を避ける手立てはなかった。けれど彼は自分のユニーク魔法を使うことによって、『奇跡的にわずかな時間、トレイのユニーク魔法を使えるようになった』。どんなに絶望的な状態へと叩きつけられても、それを回避したり、解決したりする魔法を使える魔法。まさに、“joker”ってわけ」
「チートじゃん!」
「チートですよ。だからこそ、私は彼を“joker”に任命しました」
オーバーブロットしたリドルの手を掴み、立ち上がらせるジョーカーは、何を考えているのかわからない表情でこちらを見つめていた。
……そして不意にリドルの方へ目線をずらし、いつの間に取り出したのかわからぬマジカルペンを彼の額に当て、昏睡魔法をかけてると、己の方へ向けて倒れ込むリドルを受け止め、こちらへ視線を向け、なにかを伝えたそうだ。
あまりに素早い一連の動作に、先ほどまで敵が増えたことに顔を歪めていた彼らは呆然とする。
数十秒後、我に返ったトレイが「リドル!」と叫び、ジョーカーの方へと駆けよれば、リドルは小さく寝息を立てながら目を閉じていた。あの禍々しい服も空気に溶けて消えていく。
「気を失うとブロット状態から解放されると聞いたことがあるから、試したんだ。」
「そうか、すまないジョーカー」
「いや、俺も途中まではお前らと敵対するつもりだったから、礼を言われると困るぜ。」
攻撃する前に思い出せてよかった。騙し討ちのような形になってしまったなと呟く横顔はどこか悲しそうで、エースが少し言葉を詰まらせた。その時、彼に対してジョーカー・カートンが振り返ると、形の良い唇を動かし、名を呼んだ
「トラッポラ」
「は、はい」
「あまり、リドルを虐めてやらないでくれ。コイツもコイツで苦労してる。それに、だ。元はと言えばお前が無断でタルトを食べたことが原因なんだから、少しは反省するように」
耳心地の良い静かな声は、わずかだが確かに怒りをにじませており、少しだけ気落としたのか、エースの肩が下がった。そんな姿を見つめ、小さく、監督生と呼ばれた少女が呟く
「独りなんだ、あの人」
「監督生?」
「なぜだろう、デュース。私には、あの人が独りに見える。すごく、孤独な人。」
「いきなりそんなことを言ってどうしたんだ、監督生」
不思議がるデュースの声に言葉を返さず、ただ思ったことを口にした。
「自分は誰かに頼られるのに、自分は人に頼ることを知らない人に見える。」
そこに、あの人の意志はあるはずなのに、ある、はずなのに。あの人は一体。誰を頼って、誰に背を持たれかけさせて生きていくんだろう。不安そうに目を伏せた監督生を、少し遠くからダイヤのトランプ兵は見つめた。
―――鋭いなぁ、監督生ちゃん。下手に関わらせないようにしないと。
―――頼る人がいないんじゃない。頼らせないだけ
―――道化師は気まぐれだから、逃げないように囲ってるだけなのにね。
邪魔されたら厄介だ。マジカルペンを仕舞いながら、少しだけ黒くくすんだ魔法石を見る。遠目から見たジョーカーの魔法石もブロットするほどにたまっていた。休ませないといけない。…奇跡を起こす魔法。実質ソレがノーリスクで行えるわけもなく、一日に発動できるのは精々二回か三回だった。だからこそ、彼の魔法は本当に切り札なわけだけれど。使えば使うほど魔力を消費して意図も簡単に許容量を超えてしまう諸刃の剣。規格外の魔法であることに違いはないけれど。
さあ、いつものように笑え。まだ悟られるな。
「ほらほらみんな!リドル君をそんなところに寝かせてどうするのさ!移動しようよ!あ、ジョーカー君!」
「なんだ?」
「ブロットたまってるよ、今日は魔法禁止。わかった?」
「一回だけしか使ってないのにな、不便なものだ」
「ちょっと、それ本気で言ってる?結構君の魔法って規格外だからね〜?」
まったくもうと、お道化ていつものように彼の頬と自分の頬を合わせる。本当、どっちが道化か分かったモノじゃない。けれどこの居場所を捨てる気もさらさらなかった。
「リドル君が起きたら、パーティーのやり直しだよ!」
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