短編集/男主 | ナノ


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 一年生が首を跳ねられたらしい。その噂はたちまちハーツラビュル寮を駆け巡り、“joker”こと、ジョーカー・カートンの耳にすぐ届いた。いつものように紅茶を喉に流し込んで、少々吊り上がった目を伏せる。基本的、寮外では道化(どうけ)を演じ、お道化(どけ)た風を装っているらしい彼は、談話室にて噂する下級生を少しだけ困ったように眺めていた。

 首を跳ねられる生徒がいることはたいして珍しくもない。

 何が珍しいのか、何がそこまでの話題性を持つのかといえば、首を跳ねられた生徒が初日散々問題を起こしたうちの一人だということだろう。今度は何をしでかすのか、規則でガチガチに固められたとはいえ寮生も健全な男子高校生

 娯楽の少ない寮で破天荒な一年ほど面白いものはないだろう。本人に至っては寮内におらず、どこかに消えた。まさか外泊届を出さないとは、リドルをさらに怒らせたいのだろうかと少し思案する。おそらく外泊届を出すという発想にたどり着かなかっただけだとは思うが…。

 小さくため息を零し、ティーカップを机の上に置く。




「ジョーカー君♪」
「ケイト…。一年は放置してていいのか」
「あー、やっぱり気になっちゃう?でも今回のことはリドル君もすっごくオコだから、ジョーカー君でも関わらない方がいいかも?」




 ティーカップを机に置いたタイミングで、狙ったかのように声をかけられる。楽し気に「どーん♪」と笑いながらケイト・ダイヤモンドがジョーカーの座るソファーへと同席してきた。その際に腰に手を回され、頬と頬をくっつけるように寄せられると、カメラのシャッター音が響き、写真を撮られたのだと直感する。




「あ〜、本当にジョーカーくん頬っぺたもちもちだよねぇ。けーくん疲れ取れるからすっごい好き」
「何が悲しくて自分よりガタイのいい男に頬ずりされなきゃいけないんだ…。」




 写真を撮られただけならいざ知らず、毎度毎度引っ付かれるのしんどいな、男に。空気に溶けていった主張は何を考えているかわからぬケイトの笑顔に黙殺されていった。一年がドン引きする気配がして、二年以上は「ああ、またやってるのか」と一年の頭を撫でる。一か月もすれば慣れるのだから、あまり深く考えない方がいいという意味が込められていた。




「それで、ジョーカー君は道化師として一年生のこと助けるの?」
「……場合による」
「そっかぁ」
「だが…」
「ん?」
「俺は“joker”だし、何もかもを振り捨てた女王には逆らえない」




 結局、道化は道化だ。道化の行動理由は民(寮生)のため、というよりはハートの女王(寮長)の今後を安定させ、心穏やかに統治させる意味合いが強い。ハーツラビュル寮は他の寮と違い、寮長を表立って支えるのが副寮長、寮長を裏から支えるのが“joker”という構図で、数多不満を和らげる弛緩材として機能せねばならない。存外、自分たちに出来ないことをやってくれる人間がいるという事実は、寮生の胸を晴らすのだ

 だからこそ、もしも寮長が誰も味方のいない状況に陥り、ジョーカーに対して権利を行使すれば、彼は逆らうことができない。それが“joker”という役職内で受け継がれてきた伝統の一つ、らしい。




「けーくんが思うに、ジョーカー君もリドル君と負けず劣らず規則に厳しいよね。ちょっと肩の力抜くくらいが丁度いいよ?」
「毎朝の化粧が怠いって話するか?」
「それは流石に守ってもらわないと困るなっ!…まあ、でも、たまには役職と関係なく過ごしてみない?」
「難しい気がする。俺は、別に苦と思ったわけじゃないし」
「あははっ、知ってる。苦しいって思ってるなら俺がとっくに止めてるよ。」




 どこまでも優しく、まるで目の前の男が愛おしいと言わんばかりに見つめるケイトに、ジョーカーは少しだけ笑みをこぼして見せる




「あっ、ジョーカー君の激レアな顔ゲット」
「一回500マドルな」
「そこは友達割引ってことで!じゃあけーくんは元気になったんで部屋に戻るね。ジョーカー君も早めに戻ってくるんだよ!帰って来なかったら同室者の俺が泣いちゃう」
「二時間後な」
「ちょっと!!」




 本当に、本当に早く帰ってきてよね!何度も念を押すように言ったケイトに対して、ジョーカーは手をふらふらと振って見せると、そのままケイトとは反対方向にある扉に手をかけ、談話室から出ていった。

 談話室を出て彼が向かった先はリドル・ローズハートの部屋だった。けして高価とは言えないが趣味の良いアンティークの並ぶ廊下を歩み、曲がり角を曲がる。不意にトンと、胸のあたりに何かがぶつかった。お互いゆっくりとしたスピードで歩んでいたためか、痛みはなく、ぶつかったのは今まさに用があったリドル・ローズハートその人だった。




「――すまない、周りを良く…、って、ジョーカーか。ぶつかってしまって悪いね。」
「いや、大丈夫だ。ところでリドル、今は暇か?少し話があってな」
「僕に?君からそう話しかけられるのは珍しい。昨日の夜のことへの謝罪とかなら受け入れないけど、どうかしたかい?」
「いや、そういう話じゃない。俺も昨日の態度については謝る気もないし、謝ってもらおうなど思ってないからな。ここで話すのもなんだから、君か俺の部屋で話したいんだが…」
「君ね…。まあ、そういうことなら構わないよ。」




少しだけ考える様な素振りを見せ、リドルはジョーカーへと微笑みかけ、穏やかに談笑しながら自室への道を歩き出した





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